江戸さい子の歌集「にひしほ」と足跡      

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にひしほ




- 目 次 -

      武島羽衣
      校歌
      報恩講 五首
      冬柏院
      想ふ人々
      京都御所
      越中庄川
      日本ライン
      山中温泉
      輪島
      奈古浦
      宇多須山
      河北潟舟遊
      大乘寺
      農事試驗場
      蓮の香
江戸さい子の君      迎照子
刊行余録      北国毎日新聞社 上山南洋
            
印 刷  昭和二十四年十月三十日
発 行  昭和二十四年十一月三日
著 者  金沢市長町二番町一〇
      江 戸 さ い 子
発行者  金沢市天神町二丁目七二
      上 山 南 洋
印刷所  金沢市松ヶ枝町五
      竹 田 印 刷 所
発行所  金沢市南町九三
      北國毎日新聞出版部



                                         

歌集「にひしほ」の函と装幀

歌集「にひしほ」の装幀は白山の研究家の玉井敬泉画伯で、白山に咲くみやまりんどうが描かれてある(B6版で340頁)。

参考文献:長沢美津「短歌随想 文字拾遺」、蝸牛舎(昭和五十三年七月一〇日 初版)発行のエッセイ叢書10のp.73の「私と短歌の出会い」から



                    

歌集「にひしほ」の題字と著者近影(発刊時)
                    

著者筆蹟



 世に歌詠む者は多い。或は只思ふまゝを吐露して、三十一音に言ひ連らぬれば足れりとする者、これは歌を翫ぶ者である。或は春花をめで、秋月を眺め、山川に遊びて、到る処吟懐をほしいままにする者、これは歌を樂む者である。或は歌を以て心とし、歌を以て命とし、身と歌と、二にして一、一にして二、全く歌と同化する者、これは歌に生くる者である。歌を翫び歌を樂む者の如きは未だ誠の歌人といふことは難い。しかし、歌に生くる者に至って始めて眞の歌詠みとたゝへらるべき者である。江戸さい子の君は、わが三十年來の知友である。幼より聰敏、はやくより斯道に入り立ちて、刻苦勉励、造詣殊にふかく、夙に北越歌壇の女傑を以て仰がれてゐる。口に曰ふ所歌ならざるはなく、身に行ふ所又歌ならざるはない。眞に歌ごころを體得した人といふべきである。おのれ常に思ふ、歌の精神は愛の心である。故に歌人は天地を愛し、風月を愛し、人倫を愛し、鬼神を愛し、わが触るゝ凡ての物を愛せざるはない。さればこそさい子の君、母を愛して孝、夫を愛して貞、おのが子を愛し教へ子を愛し、又友人を愛す。かゝる愛の心の溢れて成れる君の歌、從って穏順にして和雅、清楚にして質実、奇に走り怪を求めて、散へて人の耳を聳だたしめぬ所に人の愛誦せざるを得ぬ特色がある。はやくよりの吟詠堆積して数しらず、その集疾くに世に出づべくして、しかも、出でざりしところに、愛すべき君の謙譲の美徳のあらはれがあると思ふ。ことしめでたくもこの書の成るに臨みて、喜びのあまり一片平生の所懐を述べて、をこかましうも冠冕とした次第である。

 昭和二十四年春紀元節の日に

                                        花月庵主羽衣しるす。



新 年 の 歌

山見れば初日輝き海見ればにひ潮満ちて年たちかへる

初鶏のこゑきこゆなり大君は晴れのおものを今や召すらむ

まろうどに屠蘇つぐ如し大方は旅なる背子と年を祝へば

大君をことほぎ親と子の幸をいのりて酌みぬ年の初酒

年の朝屠蘇まゐらせて嬉しくも八十路の母にほぎ言申す

初春の北に雪なし蕗の芽とわかき根芹をいでゝ摘むかな

年たちぬ我がこゝろにも注連を張り切火をうちて道に励まむ

あめつちも五行も今朝はやはらぎてのどかに祝ふ春の七草

緋牡丹の色やゝあせし我が琴の油箪はらひつ今朝の彈初

福壽草部屋に飾りぬにひ年の花の中なる花とめでつゝ

見せてまし加賀宝生の舞噺子浪花の人の好みたまへば

吉例の翁の鼓とうとうと鳴和の滝の音たてゝなる

初春や松の色なる袴著てよき男舞ふ修羅の一さし

ほがらかにうたひかつ舞ひ宝生の流れ時めく加賀の初春

しはぶきをする人もなし能の師が橋がゝりしてうたひいづれば

うつぽ猿小鍛治羽衣さて何とつゞくめでたき初春の能

年祝ふ人にまじりて巷ゆく加賀万才の二人づれかな

猿まはしまたおとづれて初春の家のどかなり母と爐による

若やぎて年を迎へぬ我がよばひ六十路になれど母のいませば

はつ硯先づとる筆に「壽」と書きて九旬の母にさゝぐる

たゝかへるの國の命の宝田に明るきとしの初日かゞやく

初光雪にあふげば更にまたすがすがしかり加賀の白山

万才の鼓の音す山かげの雪にこもれる越前の村

はつうりの巷をかざる餅花の柳に清き朝風ぞ吹く

にひごよみ掛くれぽとみに春めきぬ年ふる家のくろき柱も

ひきいづる七日の庭の白馬に大宮人もきほひたちけん (新年懐古)

年たてばさすがに嬉し禍津日のあれしはきぞの夢となしつゝ (終戰後初の新年に)

足なみをそろへていざやほがらかにことしはゆかむ玉ほこの道

天の下歪めるものは一つだにのこらざる世とならむ日を待つ

たてなほす國の姿もかゝれとやあめつち清く和らげる朝

世のさまのかはりて明くる年なれど初日のかげは曇らざりけり

さし昇るとしの初日に輝けり北日の本の雪のやまなみ

裏表なき世とならむ日を待つも此の新どしの願なりけり (昭和二十三年三首)

渦巻ける中に迎ふる年ながらこゝろあたらし初日あふげば

はつ春の浮れごゝろをいましめむいまだ還らぬ人もある世ぞ



春 の 歌

春きぬと牧の若駒いさめども垣根の草はいまだ短し

紅梅を爐に添へながら雪国の翁こもれり春のいほりに

小机にものかく心たのしけれ雪梅香かをる此の朝

春たてど山辺の家の低き窓雪におされて天つ日を見ず

炭をもて目とする辻の雪だるまとけぎはとなり身さへ黒めり

北の春今しばらくは野のはてにつらなる山の白雪を見ぬ

春たちて幾日をふれど漬物をいだす手先のこほる朝かな

竹たてる窓にしてきく鶯を琅玕の鳴る音にたとへん

川淀はなほも氷れり牡蠣船のてすりのもとに家鴨つどひて

ふきおろす白山風も和らぎて梅かをるなり加賀の冨樫野

角ぐみし若芦の根を洗ふなり小島の磯によするさゞなみ

その昔流人(るにん)のすみし離れ島むせぶが如くかすむ春かな

寒き日に咲きし我が梅いち早くことしの春の香を配るかな

白き山まだらなる山青き山空につらなる越の三月

渡殿を歩む内侍のかゝげたるともしにはゆる紅梅の花

珠洲の海いわしのむれのよりきぬときくことなども春めけるかな

上つ瀬に染物さらす川水のうす花色のさゆる寒明

なかなかに春はかくれず花一木ありて目にたつ松かげの家

雪を持つ姿めでたし春の江に花さく梅も芽ぐむ柳も

草の種蒔くべき士をよきほどにやはらげて降る庭の春雨

おりたゝむ道のあらばと思ふかな渓を埋みて梅の花咲く

おりたゝむ少女子もがな姫もゝの下照る園に花かづらして

板に張り春の日向におけばよし洗ひざらしのふるき更紗も

溝川の流さへぎる竹切れに落ちとまりたる紅椿かな

子を持たぬ人もあはれとおぽゆらん野辺のきゞすの夕ぐれのこゑ

春の水けさはぬるめりくれなゐの椿の花の影も流れて

梅の花匂へる園は春ながら氷を残す池の片岸

朝ぼらけすり餌にすべき若草をつみながらきく野辺の鶯

比叡おろしなほ身にしみて京の宿漬菜のいろの寒き朝かな

やふれたる梁簀かゝる川淀も春はうつくしかすみ渡りて

椿咲くついぢ崩れし畑中の野寺にひゞく彼岸会の鐘

灯にかざす金扇のごと山の襞雪と夕日に照りて鳥飛ぶ

かなづれば軒の柳もきく如し飛燕の曲を雨の楼にて

野の寺の桃美しく花咲きぬうしろの岡にきゞす鳴く朝

白山につゞく冨樫野能美の原けさ雪晴れて春日かゞよふ

ふりいでし春雨つらき花の旅生憎雇ふ小車もなし

山羊の子のそびらに梅の花ちりて牧場の小草あをみ渡りぬ

春の宵さゞれに触るゝ水のごとほのかにひゞく絃の音もよし

洞の道いづれば月も出でにけり春の夜汽車に花吹雪して

はるかにも松にまじりて桃咲きぬ七塚の野につゞく沙山

ほのじろき羅浮の仙女が静かにも風にのりくる夕月夜かな

瀬戸の海数ある島の遠近に咲く花を見る春の舟旅

嵯峨の春訪ひしも既に遅かりき愛宕に残る花をたづねむ

夕汐のさしくる音におどろきぬ干潟あされば時を忘れて

桜咲く嵯峨野の春の夕月夜人つゞくなりほそきなはても

とまり木に移る孔雀の尾羽ふれてあてにみそのゝ牡丹くづるゝ

廻廊に匂ふ緋牡丹白牡丹やまと初瀬の大寺の春

初瀬寺牡丹に訪ひて大和路の春を久しと思ひけるかな

あたらしき傘とりあへずさしかけぬ雨にうたるゝ庭のぼたんに

三輪山の春思はする杉の葉の青きを軒につれる居酒屋

七日前本を虐げし大雪が庭の春日にあひて涙す

梅日和小鳥も羽根をのばし居り尾山の官の楼門の土

山ざくらふゞく棚田の朝風につばさかへして飛ぶ燕かな

見るほどに心空にやなりぬらん呼べども知らず花かげの人

春の日に寂光院をおとづれて思ふは古き花がたみかな

いかめしく歩哨は立てり営門の桜おぼろにかすむ春の夜

延暦寺春の会式に水色のすゞしを著たる京の稚子ゆく

花まつりきのふ果てたる山寺の庭しづかにも春の雨降る

ぼうたんの花にこよひのゆめ清しいみじきかをり部屋にあふれて

枯芝の中に青きが見ゆるころ庭の木蓮つぼみふくらむ

枝張りて咲くさくらこそめでたけれ王宮のごとおぼゆる庭に

國がらのかはる春とも知らすしてさくら咲くらんあまみ大島

遠く見る河北の郡けさ晴れて潟と沙丘に光る春の日

あつものになしてひゝなにまゐらせむ潮干に得たるちぬのはまぐり

襟巻を忘れて外に出づるまで春あたゝかになれるころかな



夏 の 歌

菅笠の動く影見ゆ彼の岡のひろき水田に早苗とるらし

朝もやのひろがる山に美しく飛白を散らす初夏の雨

越の里尾山のもりの夏清ゆきにさらして染めしさみどり

緋牡丹と紫陽花のはな思はするふたりの少女くに子と祇子

身も軽く衣がへして花柑子かをれる朝の道をゆくかな

川の洲にからすむれゐて水はむををとろかしつゝ過ぐる釣人

沙山につゞく沙山水無月の照る日にやけて晝がほの咲く

山里は一つ流れの水汲みてまばらの家も親しかりけり

川風の吹かぬゆふべも涼しきはさゞれの上を走る水の音

早苗植ゑし山田の畦のうき土をかためて降るかけさの村雨

太峰にのぼる行者が白妙のころもすゞしき夏の暁

日ざかりも吹く風ありて涼しきは小笹そよげるいさらゐのもと

京鹿の子しぼる少女も山畑にいでゝ茶を摘む宇治の初夏

絹傘の似たるをさして花うばらかをる垣根をはらからのゆく

洗髪かろく結べる少女子がつみてかざせりなでしこの花

風吹けば岸の若竹なびくなりつなげる舟に露をこぼして

山田もる翁が水のあらそひも流れて凉し夕立の雨

こゝろよき風を送りて手枕の夢を撫でゆく窓の呉竹

夏引の糸とる子らが袖の色にうつりよろしき小田巻の花

干割れたる竹の花筒かけてあり野辺の祠の狐格子に

旅人がぬさをさゝげしあともなく峠のほこら荒れにあれたり

照る月の影をも乗せて凉むかな水の流れに舟をまかせて

つくばひに滴る水の音清し筧を引ける宿の奥庭

四つ手網かけたる小屋も見えぬまで夏草しげる浜川の岸

芦の葉の中よりいでゝ岩かげのやみに螢のあをく光れり

新しき鳴海絞りのあゐの香を凉みの床になつかしむかな

暁の雲わけのぼる高野山風ひやゝかに夏としもなし

人住ますなりて夏草ひろごりぬふるきやしきの武者窓のもと

浮草の上に凉しく飛びゆけりかどの螢を池に放てば

とく起きていそしむ田子に凉しさを空よりおくる暁のかぜ

空色の紫陽花窓にうつろひて我が部屋明しつゆばれの朝

からかさをほしたる庭に梅雨ばれの空のいろなる紫陽花の咲く

峯に尾にのびたつ若菜見てぞ思ふさつきの山のつよき息吹を

水團扇忘るゝまでに鵜飼見てかへる長良の夜舟すゞしも

小豆島かげかきくれて緑丸沈みし海に夕立の降る

水いろの夏のよそほひ清き子が垣間見てゆくばらの花ぞの

たきの水ひでりに涸れてなく蝉の声のみ高し山の下庵

旗持ちて立てる人なほ眠げなる踏切小屋に朝顔の咲く

高山の大木の梢ものすごく裂きて轟くはたゝ神かな

ひとり住む翁の庵の草の戸をこよひも叩く水鶏わびしも

そら豆のみのる畠につゞくなり桐の花咲く牧の廣原

雪食めば深山よもぎのかをりすと白嶺の夏を語る若人

初夏となれば我が園うかゞひて花により来るよそのみつ峰

今朝見れば雨に濡れつゝ花咲けり垣の外なる畑の馬齢薯

旅ごろも伊予の若葉の香に染みて讃岐にぞ入る遍路ならねど

裏川に遊びし家鴨夕立に追ひたてられて烏舎にかへりぬ

闇に蚊をはたくもわびし心の灯しばしば消えて眠り得ぬ夜は

沙門たち安居にこもる夏の日にわれも写経の机にぞよる

川床の岩おもしろし飴色の背をならべたる寝牛にも似て(手取川の上流十四旨)

手取川大日川と落合ひて石と水とのむつまじきかな

山畑の煙草の廣葉光りつゝひるも静けし川沿ひの村

陶ものゝ土掘る人も夏木立しげれば見えず鳥越の山

幼子もてあそびにも似たるかな鳥越山の裾をゆく汽車

追ひかくる汽車のなければそのみちの枕木ふみて村にいそぎぬ

流れたり手取の川は石川と能美の郡の中をつなぎて

いかめしき川の樋口になびくなり波よりしろき岸の卯の花

白山の高きにのこる夏の雪むらむら散りて咲きしうつ木か

手取川ゆふべとなれば瀬の音にまじりて清く鳴く河鹿かな

水早き川のつり橋ふみゆけば渦巻く如し岸の青葉も

こゝろよく踏みゆるがせて夕風とともに手取のつり橋をゆく

                    

俣野肇氏所蔵の短冊をコピーして戴いたもの
(注)この短冊の歌詞は「にひしほ」と異なるが、この短冊の歌詞がオリジナルで、「にひしほ」掲載の歌詞は執筆時に変更したものであろう。

卯の花を手毎にとりて渡りゆくつり橋長し白山の裾

釣竿を手にする人の川上になほいそぐなりたそがれて後

住む人のみこゝろいかに安からむ山まろやかに水清きさと(以下田口氏方にて)

いさゝ川清きをあまた井の水に代へて引きたる山かげの家

廣庭の杉も欅も此の家とともに古りたるよき姿かな

雪の日の出入の口を藁葺の二階の屋根における高窓

凉しくも河鹿のこゑのたゞよへり背戸を流れて庭に入る水

籠にして鳴かぬ河鹿ぞあlはれなるもとの清瀬の水に放たむ

時鳥山になけかし鶴来より迎へに来べき車待つまに

さらばとて暇を乞へばかそかにも庭の木立に鶯のなく

滝つ瀬のしぶきひまなき岩の上に濡れつゝ匂ふ藤浪の花

みつしほに磯のいはほはかくれけり今つたひ来し道としもなく

いにしへの物見車のゆゝしさもあふひにしのぶ賀茂のみまつり

藤の花庭に見るより面白しきりぎし高き岩にかゝるは

水分の神のしるしか喜びを夏の田毎にわけて降る雨

田の土にまみれしわらじぬぎてあり野風呂を焚ける家の垣根に

すがすがしさつきの山の湯湧谷ひたる温泉もうすみどりにて

ゆめの國こゝにもありと我がそのゝ青き月夜にばらの花かぐ

忘れゐしことを今ふと思ひ出でゝ鳴くかとぞ思ふよしきりのこゑ

はかなくも蜉蝣飛べり雨晴れて太藺しげれる池のおもてに

ひなた水そのまゝ浴びて行水に代ふる人あり薪を乏しみ

乾草を積める車におほひするいとまだになき野辺の夕立

山畑の朝つゆふみて初なりの瓜をかぞふるさとの老人

絹麻の白き手ふきにひと雫おとしゝ花のかをりたかしも

こよひ又しけにやならむ大わたの空にひろごる夏の夕雲



秋 の 歌

さすらひの旅人ひとり涙して天の川見る島の初秋

音もなく我が待つ御靈かへるらし苧殻焚く火に迎へられつゝ

黒麻の肩衣つけて花揃御堂に燭をとる翁かな

るりの露したゝる朝の花よせに東の御堂八朔を知る

八朔の風すゞしけれ三百の花を御堂にたてまつる朝

花ぞろへ清き御堂の朝風に露ぞしたゝる瑠璃ぞしたゝる

きのふかも合歓の花見し西加賀の沙丘をわたる初秋の風

地藏尊祭るゆふべの川風に吹かれてゆらく紅の提灯

身にせまる秋の恩を晴らすべき空も曇れるゆふべなりけり

苔衣まとふ山路の石佛前にうしろに秋草の咲く

月見れば遠き昔の事を思ふ寂光院の物語など

湖をひとめぐりして出でにけり秋の花野のつゞくところに

暁のきりの動きを窓に見る山の湯の宿やゝ寒きかな

風の音いつしか秋になり瓢ゆらぐ垣根にこほろぎの鳴く

なりひさごゆらぐ草屋の軒くちてくさびら生ふる秋の長雨

大水にくえし川辺の石がきにあはれやせたる秋草の咲く

秋たちぬ畑のくぎりに植ゑおきし唐もろこしのみのりよろしく

八束穂にほゝゑみながらいち早く田子は刈るなり加賀の新よね

初しぐれすぎの木の間にひと本の紅葉ぞ映ゆる秋の神垣

絵に見てもなつかしきかな奈良の代に憶良がよみし秋の七草

木の間もる月の光に萩原の夜露きらめき鈴虫の鳴く

をりをりは時雨にあひて一人ゆく川そひ小みち柳ちるなり

よたゞなく虫の音きけばその昔父に別れし秋ぞ恋しき

うれしくも秋は来にけり夕庭の穂草花草風にそよぎて

島に吹く西北風(ならひ)と共に月の夜の海を斜に渡るかりかね

萩の戸をひそかに出でゝ夕月夜ひとり笛吹く嵯峨の小法師

つくばひに一つ浮べる松毱ををかしく見せて月の影さす

芹よもぎ春には摘みし草川のむぐらに光る秋の夕露

秋晴や垣根に赤き錦木もありて小鳥のこゑ美しき

秋晴の大仙陵を今日とへば綿の花咲けり岡の畠に

捨植の庭の小菊も時くればむらがり咲きて秋の日の照る

さすらへばいとゞ露けき旅路かな秋のおもひのやる方もなく

秋の日の釣瓶おとしをかこちつゝかりいれ急ぐ小田のさと人

よそよりも早き紅葉の見えそめて秋ふかみゆく飛騨の山々

湖にそひて霧降る山の裾まはれば咲けれ秋草の花

さらでだに露けき秋の旅なるを野辺の時雨に追ばれてぞゆく

北山に折りし紅葉を大原女は黒木に添へてかへり来にけり

一の谷二の谷すでに紅葉してひょどり越の秋ふかきかな

ひともとを家づとにせむゆきすりの我が衣手に触るゝをすゝき

葛の葉のうら吹きかへす秋風に稲穂波よるそしろ垣つ田

                    

俣野肇氏所蔵の短冊をコピーして戴いたもの

秋の夜の月は澄むなり世の中の有為轉変にかゝはりもなく

夏避けて居し人々をつぎつぎに追払はらふなり浦の秋風

秋の寺書院の前の木のまよりさせる日を見て枝豆を食む

霧晴れて山の荘なるやり水にひとむら萩のうつる朝かな

しづかなる秋の花園咲く萩に親しむものは蝶とあるじと

桔梗咲き無花果みのり虫なきて夏より秋にうつりゆく庭

秋なすび日毎になほもみのるなり冬のまうけの辛漬にせむ

おのづから月の手向となりにけり秋の夜庭のすゝきひとむら

白山に雪を見む日の近づきて吹く風さむし越の冨樫野

四阿におき忘れたる傘のあり時雨晴れたる山荘の庭

山猿に追はるゝ如きかたちして八つ尾の谷にしづみゆく霧

湯の里も秋風寒くなりにけりうしろの山のきのこたづねむ

歌の座をこゝと知りてや二葉三葉紅葉散りくる寺の方丈

松青き望潮台よりつゞくなり尾山河北をおほふ朝もや

秋の嵩士見むと思ひし湖にきりたち渡る山の暁

岩の上のつまゝも見たり我が友と氷見江淵浦ひとめぐりして

おとろへし秋海棠に言はむことありげに飛べる十月の蝶

花使友のもとよりおとづれぬ野分に萩のみだれたる朝

彼岸会にさゝげむ花を折らんとや御寺の老尼菊畑にたつ

苔なをき古井のもとに萩の花さかりとなりぬ秋の山寺

夕映を見むと思ふに奥飛騨のもみぢの高嶺またもしぐるゝ

よそよりも虫の音早し庭草の夜霧や深き風や凉しき

馴れぬわざてづゝなれども野々市の舎宅に在りて土に親しむ

玉ねぎもほうれん草も芽の出でゝたのしき秋の畑作りかな

大やまと菊の香たかき秋晴に人こそつゞけよゝはたのもり



冬 の 歌

冬きぬとみやまに告ぐる鳥の声聞き流してもぐ谷水のゆく

霜八度おきての後も香をたてゝのこるがあはれませの白菊

きせ綿にあらぬ落葉をかづくなり冬まで残る庭のしらぎぐ

ゆるされむその日を待てり小鳥うち冬まだ浅き山をながめて

新わらの垣根をつくり湖北の寒さを防ぐ小山日の庵

柿紅葉ひとひら散れる四阿の萱葺白し今朝の初霜

船宿の灯影も寒き旅まくら夜更けて潮の高鳴をきく

初霜を谷間に見ても塞からず下呂のいで湯にひたるあしたは

とぶ鳥の影のみ黒く見ゆるかなしらゝの浜の雪のゆふぐれ

老人の閨のうつみ火心していけばや今宵底冷えのする

今朝も亦時雨を誘ふ山風に落葉ひまなき谷かげの庵

鳥打ちてかへるゆふべの狩人を追ひたつるごと降る時雨かな

大船の帆綱にむせぶ夜嵐に寒けさ添はる波の上の月

出雲紙ひろむる若き商人が雪の日に来てよき事を云ふ

時雨ふる片山林もみぢ散りひろ野にかゝる冬の浮雲

おどろきて小鳥は去りし南天の葉に落ちとまる玉あられかな

水鳥の羽ばたき寒き野の池に霜夜の月の影ぞ身にしむ

川音もかねもひゞかず金沢の街をおほへる夜半の大雪

つもること七尺なるをいかにせん雪をいとへる庭の柑子に

十日して雪なほ晴れず北国の裏町の家みな氷室めく

おろしたる雪ふた側に盛りあがり白馬の如くならぶ夜の街

人たちて雪を下ろせば屋の上にうごめく如し北海の熊

屋の上の雪をおろすも橇引くもあはれなるかな北のなりはひ

竹木履さてはスキーに童たち忘れてありぬ家の爐のもと

朝の街土をば踏まず行く方に硝子の如く雪の凍りぬ

雪の道ふたゝび三たびあやふくもすべりて到る学校の門

もんべいを短く穿ける僧一人夜更けて上る雪の八坂

君が代に関はなけれど旅人のゆきゝをはばむ越前の雪

犀川を中にはさみて雪白し紫錦の台と法島の岡

不老坂上より見れば金沢をおほへる吹雪荒海に似る

むら鴉犀川の洲の雪にあり斜に見ゆる水の片はし

川上のあかるき春にいつあはん医王戸を雪の隠せり

たそがれの紫錦の台の白雪に花かと見えてまじる燈火

雪投げにあきたる子らが三尺の氷柱を折りてもてあそぶかな

老松の枝をさゝへて引くつなにとまる小鳥もあらぬ雪の日

雑木よりこぼるゝ雪も声たて1羽ばたく鳥のけしきなるかな

うつくしき日の覗く時木の間なる雪も俄に白絹をのぶ

大鳥が白きし翅をひろげたる形にのこる木の奥の雪

                    

俣野肇氏所蔵の短冊をコピーして戴いたもの

木末よりしばしば落ちて我が傘に雪けぶりする朝の路かな

夜風に吹きよせられし雪溜りわらぐつ穿ける人もためらふ

笛のおとよるの吹雪にくゞもりて動かずなりぬ北越の汽車

舞ひ降りて小さき雀こゞえをり雪に折れたる庭の木のもと

内にして煙草のけふりたゞよへり窓をおさへて雪のつもれば

鐘のおとこほれる寺のしら雪を軒にしながら坐る禪僧

汲み上げて落葉はらへば山の井のつるべの水はすくなかリけり

風あらみ絵紙さけたり雪國の冬に得堪へぬ岐阜のからかさ

病やゝいえしあるじと爐をかこみ旅にある子を思ふ雪の夜

寒き夜の枕にかよふ京のゆめかの下鴨に住みまゝ君

菊の香も吹き上げられてしらしらとこよひみそらに霜の満ちたる

橋の名の菊もさくらもなかりけりふゞきにふゞく雪の犀川

霜白ききざはしの上に月照りて氷川のもりの夜風身にしむ

染木綿(ゆふ)に頬を包める少女子が田ぶせの雪をはらふ朝かな

つはものを見送る旗の幾流れ氷雨の街につゞく朝かな

雪の夜の街に見るもの皆寒し香林坊のネオンサインも

さしなみの隣へ通ふ道もなし雪ごもりする越のやまざと

ふる雪におほはれ果てゝ青き日のありし山とも見えぬ朝かな

今日になり吹雪少しくおとろへて息づく如し越のあめつち

雪の日も青味遣らむと小鳥飼ふとなりの翁今朝も餌をする

棚の瓶うす氷してあはれにもひともと咲きぬ水仙の花

あし鴨のなくねもこほる冬の夜の入江に月の影ぞ更けゆく

霜こほる夜半のかねの音つくづくととおもふは今の世のすがたにて

ことしまた師走となリぬ我が心なぐさむほどの歌もなくして

山の禽二こゑ三こゑさけぶなり杉の朽葉を踏みてゆくみち

ともすれば巻かれんとする渦潮に棹さすふねに似たる世の中

飢うるもの命をかけて叫べども司人らの耳に入らすや

敗れたる國にきひしき冬の来てあはれ子は泣く老人も泣く

禍津日のすべてを清くなやらひにかけて送らむ昭和はたとせ

ねらふ人ありとも知らで山かげの池にさわげる鴨のむれかな

廣野原夜道にすごき狐火をたゝき消しても降る霰かな

つるされて澁のぬけたる柿見ても身にしむ冬の風に堪へなむ

豆がらをくべて物煮る媼ありくりやすすけし小田の伏庵

熊野灘ふく風寒くなりにけり紀伊の山山蜜柑みのりて

降るとしもおぼえぬほどに芝草の青をいたむる庭の霜かな

きて見れば十戸に足らぬ山の村住めるはすべて炭を焼く人

雪の日のさむさ忘れてよせ鍋をかこむ夕餉はたのしかりけり



北 陸 女 學 校


                     江戸さい子・作

一、森の都の古城の南  柳さくらのあや織るそのは
    若き命の伸び行くところ  信と愛とをかざしとなして

               我等鍛へん  あふるるカ

  (折返し)仰げば高く栄ある校章(シルシ)  星に萬古の光あれ

二、東と西の文化の波の  寄せて一つにとけあふ中に
    日出づる國の少女子我ら  きよきみ教へ正しく直く

               うけて進まむ  眞理(マコト)の道に

おんめぐみゆたかなる我が学びやに今年の春の光先づ射す(財国法人となりし時三首)

人なみにおくれず我れも待ち得たるこのよろこびにをどる心は

花も咲け柳も芽ふけ学びやのこのよろこびに雪を拂ひて

とし月のみこゝろづくし花咲きぬ次のいとなみ更に幸あれ(同じをり中沢校長先生に)

よろづよに固めましたるいしずゑにきづく柱をわれらみがかむ

朝ぼらけ屋島の寺にのぼるらし遍路の翁鈴を鳴らして(屋島へ修学放行十四首)

四國路は大師の功力(くりき)称へつゝ札所をめぐる人絶えぬかも

道のべにうづくまりたる足なへにもの取らせまし彼れも人の子

西行が歌をよみたるたゝみ石月をあるじに一夜ねにけん

こゝに来て教子たちにまたも説く扇の的のむかし語りを

没落の平家の船のたゞよひし海と思へば涙ぐましも

白峰のみさゝきどころ海ごしにつらなる山のいづれなるらん

たゝなはる島の彼方の五劍山いくさせし世のことも知るらん

蝶のごと散る花のごと舞ひゆきぬ投げし土器風に吹かれて

ものゝふは名こそ惜けれと細弓を残さゞりつる九郎判官

松あをく大空蒼く波青し遊鶴亭に立ちて見る海

此の島のちもとの松に風吹けば田鶴も下り來むこゝちこそすれ

眞夜中に玉藻の浦をはなれたるわが船走る瀬戸の内海

播磨灘ゆめのうちにや過ぎにけんさむれは船のさゆらぎもなし

夏の休暇中に黒部にて不慮の死を遂げし 松谷幸子の靈に五首
思ふだにをのゝき止まず山祇のそのいけにへとなりし少女を

あはれあはれ少女は消えぬ黒部川たぎつ早瀬の渦まける中

深山木の折れて落ちずば惜しむべき若き命の絶えざらましを

禍津日の荒びにふれて果てにけりけやき平のつり橋の上

つり橋の筋金切れて沈みけむそのたまゆらの心おもほゆ

おんよはひいさをと共に積みませる君が彌栄さらに析らむ (中沢先生の古稀を祝ひて)

かくしてぞ身をきたへむと霜月の山に汗して薪運べり (生徒勤労に題す四首)

ある時は畑に鍬とりある時は山仕事する御代の学び子

小鳥どもさへづりやみて霜月の雜木ばやしに時雨降り来ぬ

赤裳ひきしいにしへ人は夢にだにおもひ到らぬ子らのいでたち 若き子らみづからあまる力もてゆく天地に幸のあれ (卒業生)

天つ國仰ぎてわれら残されしきみが教へのあとを守らむ (中沢先生昇天)

葬場にあふるゝ鳴咽あとにして出でます柩仰ぎ得ざりし

過ぎし日の嵐に折れし校門のさくらや君の御先仕へし

おん柩ゆく道清し秋晴の柿木ばたけ廣坂道り

たち馴れし二十幾とせなつかしみ花に柳に別れ告ぐるも (退職)


                                                            江戸さい子

雲水の動きにつれて思はまし君が去りゆく萬里の彼方

はたとせの思出いかに深からむ越の山川雪にさくらに


   -昭和十六年三月-

                                                            ライザー

花さかむ春をみずして幼稚園つぼみの時にわれは去りゆく

ふるさとに朝夕祈り平和の日來らばまたもここにかへらむ


                    

(寫眞・著者と和歌を勉學するライザー女史)




ぅれしくも平和の日には來むと云ひし言葉たがへずかへりきませり

戦ひを交へし國の人と人相見るさまとみえぬしたしさ



寂 光 抄


海こえて國の外にも行くごとく我が乗れる船はなやかに出づ

わが旅をなぐさめて啼く雁もあれ月夜の瀬戸のふねに今日乗る

船にゐてその名を知れる人なきや岬と島と瀬戸につらなる

岬の灯消えしも知らず船に寝てさむればすでに燧灘過ぐ

島々が流せる夢の花と見む夜明に白き幾ひらのふね

ふるさとの山なみ遠く見えしより船の進みの遅くおぼゆる

海に今相向ひたリ我が船と五町へだゝる伊予の小冨士と

うれしくも興居島(こごとう)を見てわれの船高浜に泊(は)つ八月の朝

わが車松山に入り出むかへをうけたる家の日の出町訪ふ

浜の魚街にひさぐを業とするまさきの「おたゝ」松山に見る

百日紅眞夏の朝の庭に照り書院あかるし伊予の大寺

大寺を清く守りて六十路なる我が僧正の老いまさぬかな

のこりたる菊の瓦の古りたるにありし御堂のおもはるゝかな

ならぴけん古き三十六坊は知らねど今もひろし大寺

僧正のみ読径を得てやすらかに父を納むる故郷の墓

うから達眞夏の日にも敬ひて詣で給ひぬ亡き父のため

「とも」と云ふ媼ふと來てをろがめり父のむかしにゆかりあるらん

彼の人の此の座にあるを亡き母はいなみ給はむ我れも否まむ

父をしのぶ座に來るかなひそかにも涙手向けてありぬべき人

ふるさとの土に眠りて父は今やすらかならん北條の山

ふるさとの親しき土に入りましぬ十三年を母におくれて

おん墓にかくしづまりて父と母やすくましませ後のとこしへ

うつし世のうすきえにしはさておきて今日より後は永きいもとせ

ちゝはゝを納めまつりて三人の子みたりの孫がきせまつる土

墓守の翁文英(ぶんえい)まめやかに山の清水を汲みて運べる

卒都婆たて水を手向けてをろがめばおとの澄むなり山の松風

此の山のほかにもふるき御祖らの奥津城多し行きて拜まむ

土の香も苔もつめたし山の墓遠つ御祖の石を撫づれば

後に誰れ家をおこして草刈らん七百年の御組らの墓

龍華寺に見る冨士のごと畑でらの岡より望む松山の城

たふとみて我れら世を経む史の上に遠つ御祖の輝ける家

追ふごとく蝉の音ここゆおん墓に別れ申して山をくだれば

亡き族重珍彦の手の跡を郷社の森のたて石に見る

札所より札所へ到る伊予の野の遍路に我れも今日はまじらん

次ぎ次ぎに遍路を示す石たちて行けば近づく石手寺かな

徒歩ゆかむ五十番より石手寺へわれら同行六人にして

夏の日に二十餘町を我れ歩み遍路の行の片はしを知る

大寺に石を見て後石手より道後へむかふ七町の路

雪荒き越の冬にも堪へぬべくいのりて伊予の湯を浴ぶるかな

雲わきて石槌山にむらがれどなほも甲斐なし野に待てる雨

南国のひでりを我れもなげくかな出水になやむ越路より來て

苔むして木草青かり翡翠園ふた月雨の降らぬ夏にも

亡き母の言ひつる如し房刀自が伊予訛もて語り給へば

世に出でしふるさと人を語る時鳴雪翁の名もまじり出づ

遽きより湯月の神を拜がみてこたびはとはず伊佐爾波の岡

古機を庭に据ゑつゝ伊豫飛白織る家もあり志津川の里


おん帝四朝にわたる年月を生きてやすらに逝きましゝかな

我が涙千人の焚く香として見送りまつる母の柩を

今にして思へばかなし物足らぬ日も諦めの清かりし母

よの中にさらぬ別のなくもがないにしへ人のよくもうたひし

今日よりは三千世界いづかたにもとめても我が母はいまさす

み佛のおんみちびきを杖としてこえ給へかしよもつひら坂

警報下窓の黑幕ひく夜半も燭の火消さず母の靈床

母まつる香華の前にはからずもわれ病床をしきて日を経ぬ

ゆるしませ宵暁の拜禮も病みてなし得ぬ母の中陰

我れを召す母のみこゑに目覚むればそは夢なりきよべもこよひも

母のため手向草すと友の來て夏野の花をたまふうれしさ

さびしさの日に日に添ふはよみの旅遠ざかりゆくしるしならまし


君と聽く終りの除夜と告げすして寂しかりしよ鎌倉の鐘

我が頬に双手さしのべ犒ひの言葉を起たぬ床にいふ君

初春の十一日に君逝けば我が家になし松の内など

後の世もゆく水のごと清からむうら安らかに眠りつる君

老の世のよき日にあはで君逝きぬ花咲かしめと子を祈りつゝ

相共につたなき道を歩み來ぬ君と経し世の二十八年

あらがひし日もありしをば悔やみつゝ君が柩のふたを 閉づるも

たまきはる命の朝を思ふにも疾く手向けまし暁の水

若くして父のなき身となりし子にいたいたしくも著する白無垢

堪へがたく悲し雪降る岡に來てきみを煙になし果てむこと

夜の雪崩軒に落つれば更にまた寒きこゝろの濡れまさるかな

大方の人らかへりてわびしけれ野辺の送りをはたしつる宵

はかなしや梅と椿の妹背ぞと師にうたはれし春もありしを

冬牡丹芦原に湯あみ雪を見しその夜のゆめも遠き思出

在りし日の部屋なつかしみこもらひて今宵もひとり白檀を焚く

たらはねど家と我が子を守らまし天眞居士のみたま安かれ

声低く何の宿世と嘆きつゝ米壽の母が読経したまふ

かなしみをかき消す春の靄ならばつゝまれてまし喪にこもる身も

くろ髪を顯正院にさゝげけり我れも彩華と法の名を得て

亡き人のよろこびいかに友の來て献茶したまふみなぬかの宵

我が部屋の柱つめたし雨晴れて春の日しばし窓に射せども

菜の花の咲く春毎にあこがれし四國遍路もなさずしてやむ

忌明きぞと思へば更に亡き人をおもふ涙のとゞまらぬかな

泣き濡れし涙のあとのまなこもて天津(てんしん)よりの友の文見る


思ひきや千歳の春も栄えよと祈りしこまつ今日枯れんとは

はかなくも更けゆく夜半の秋風にふかれて消えぬ露の玉の緒

なきがらを抱きてかへる人々の涙に曇る十六夜の月 (病院より歸宅)

夢ならばさめよとばかり嘆きけりあまりはかなき人の命に

手のうちの玉とめでつゝ育て來し此のなゝとせはうたかたの夢

やるかたもあらぬ愁につゝまれてふぢ衣きる今日のかなしさ

たれも皆驚きまさむ黑枠の中に名を書く今日の知らせを

さらばとも云はでひつぎに入りにけり今ひとこゑのきかまほしきに

ちゝはゝに別れてひとり死出の山こゆるやいかに淋しかるらむ

もろ共に母をも誘へなれ一人ゆくはあやふしよもつひらさか

灘波津のうからのもとは訪はずしてかへらぬ旅になどかいでけん

かなし子は野辺の煙となリはてゝつきぬ嘆きぞ家に残れる

あはれあはれ灰となりぬるなきがらにそそぐは熱き涙なりけり


総持寺の玄宗禪師金沢にむかへて我れら戒を授かる

大禪帥おんみづからが灯をともしやきすて給ふ消罪無量

懺悔の夜紫雲の中につゝまるゝ心地して立つ戒師のみまへ

罪障はすべて拭はれ清められ禪師が給ふ灌頂の水

あますなく我らのつみは消されたり佛法僧に帰依しまつれば

おん戎師錫杖つきていで給ふ凡下われらを導かんため

心にも白無垢つけて昇るかなほとけの御座の須彌壇の上

慈照院崇徳彩華大姉てふ我が名にはぢぬ戒行をせむ

みほとけの御血脈をいたゞきぬ穢(え)土にすむ身と今は思はじ

人の世の浄土を此処と朝の花かをる御堂に端座するかな

南無三世諸佛に祈る百人の戒弟ならぴこゑをひとしく

眞読にあらねどわれらとふとさに浸りて聽きぬ大般若経


たふとしや六百年の西の院今日こそ満つれ法の花の香

居こぼるゝ人幾ばくぞ幔幕の五彩に夏の日影あかるく

咲く藤のしなひ長くも栄ゆべき光を仰ぐ初夏の院

水干の白水色も凉やかに花かづらして稚兒のねりゆく

おもむろに樂の音起るうつし世に迦陵嚬伽のひゞきつたへて

輝きて光照法主いでませば御堂におこる称名のこゑ

肩ぎぬの赤きをつけし善男子ひとつらならぶ結界のもと

めでたくも若き法主のおんころも緋の色にして光る金紋

よろづよに照らす光を御祖よりうけつたへます法のともしび

人をもて埋むる御堂かけ出しの桟敷も廊もゆるがむばかり

幾千の門徒が仰ぐたゞ中に放ちたまふは無碍の御光


初冬の西の御堂に集ふなり祖師上人を仰ぐ人々

法悦にひたる衆かな菊日和紅葉日和のうらゝなる寺

いかならむことにも堪へむ御祖師が紙衣著ましゝ昔思へば

あけくれに宗祖の恵忘れじと奉仕勤行いそしめるなり

三百の少女が今日は埋めたり廣き書院にならぶ斎の座


  (大阪放送局千里放迭所にて)

三島野の風荒き朝病める子を憂ふる母の心をのゝく

人は皆醍醐の春にいそぐ日も舎宅の花を我れと見る子よ

千里山菜の花を吹く春風にふかれていえよ重きやまひも

我れ幾夜かさねて慣れぬ此の舎宅更けし厨に氷割ること

あかずして求むることも哀なりりんごの露と野菜のスープ

同勤の友が花などたまへるにたらへる如し病める我が子は

我が目には華やかならず窓近く大阪の夜をかざる灯影も (大阪大同病院にて)

水都祭桜の宮にうち上ぐる煙火に人のどよめくも憂し

枕辺にさしたる花のよき色よ血の氣なき子の身にかよへかし

母として見るに堪へんや蒼ざめてこよひ輸血を受くる子の顏 (金沢医大病院にて)

かなし子の病をいかに見給ふや大里博士言葉すくなし

  同じ折、金城高女校長加藤せむ子先生より肉親も及ばね御厚意をいたゞきて

病む子には涙を見せぬ我れなれどきみが情に泣かれこそすれ

重かりし病いえたるよろこびにあかるくなりぬ母と子の豪家(全快の日)



瑞 雲 抄


 朝日さす、やまとの御國、咲き匂ふ、菊のかをりも、よろこびも、満ちたらひた る、今日のこの、生く日足る日に、高光る、わが大きみの、のぼります、天つみく らゐ、とこしへに、ゆるぐ時なく、ならびます、日月のみかげ、とことはに、かく ることなく、かくながら、ときはかきはに、長秋の、千五百の秋を、うるはしく、 栄えたまはむ、あらた代の、はじめにあたり、たふとくも、また畏くも、石の上、 古き都に、千早ふる、神代ながらの、宮造り、しつらひまして、かみくらを、すゞ しめたまふ、もののねも、そよろそよろと、更けわたる、初冬の夜を、霜さゆる、斎 庭に立たし、大嘗の、大御祭を、みてづから、いはひたまふと、八束穂に、しなひ しげれる、この秋の、小田の初穂を、太御饌に、海山のもの、みてならべ、みかに かをれる、大みきの、白酒黒酒を、おごそかに、捧げたまへぼ、天つかみ、くにつ 神たち、悠紀主基の、殿に安けく、平けく、うづのひめすを、よもすがら、仕へ給 ふも、民のうへ、おもほせばこそ、しかあれば、神もたふとみ、ものゝふの、八十 氏人の、とりよろふ、梓の弓の、いや遠に、いや遠長に、君が代を、守りたまは む、嚴し代に、さきはへまさむ、千萬の、大みたからも、みめぐみに、うるほひぬ れて、五十橿、八桑枝のごと、立栄え、生ひしげりつゝ、仕へざらめや。

反歌

高御座たかくいかしき御光をときはかきはに仰ぎまつらむ

畏しやみそでに霜のさゆる夜を斎庭にたゝし神まつります

京都御所建禮門前にて 御大禮鹵簿奉拝 十首

大みゆき賤が身にしてをろがみぬ霜月七日何の幸ぞも

晴の秋西の都はかゞやきぬ山も錦のとばりかゝげて

近くなる蹄の音に諸人は襟を正してしづもりにけり

風になびく槍旗たかくかざしつゝ雄々し近衛の騎馬は進めり

賢所あなかしこしとおのものも八平手さゝげうなねつきぬく

八瀬童子いでたち清く足並めておん羽車に仕へまつれる

玉みがく大御車に瑞鳥のつばさ光れり金色にして

うるはしき大御けしきを拝がみて感激のなみだおさへかねつも

つゝの音とゞろく中に松風も千代をかなづる御園生のうち

あふぎまつる今日ぞかしこき天地に満ちたらひたる天御光を(天長節奉祝二首)

大御栄いや遠長にましませと民らひれふしことほぎまつる

あふぐかな春のみやまの松の色いづる朝日に添はるみどりを(東宮御誕辰日に)

おん栄え八千代にませと鳥居坂八重垣なして菊も咲くらん(照宮御婚儀奉祝)

しき島の道のみたから世に出でゝいよゝたふとし奈良の古言(鴻巢先生の「万葉全釋」完成の時)

まが玉の光かゞよふ此のそのに今日は三十路の春の花さく(縣立第一高女記念式に)

よき春をたゝへらつ1板垣のうちに匂へる若ざくらかな(板垣春子嬢の結婚を祝ひて)

おほやけゆ君にたまひし盃にをりから清き梅もかをりぬ(表彰されし坂野氏に)

願はくは彭祖のよはひ重ねませ此の人の世の光なる君(伯父、田辺氏はね厄の祝をしける日)

五月晴あやめ葺く日にせんだんの二葉もかをる宿のめでたさ(武藤氏愛孫誕生)




  與謝野晶子御夫妻より祝歌を頂く

                         寛

むつまじく二十五年の春を見る妹背の家に梅椿咲く

清きかな人を教えて筆とりてこころ足らへる江戸のいもせは

                         晶子

かへれるはながき契りの初めの日銀を敷けるはきさらぎの雪

いもとせの第二十五の春きよし今ややよひに移らんとする

  御かへし

                         さい子

おふけなや祝ひ給へるしろがねの今日のうたげに座る夫と我れ

しろがねの盃とりてうれしくもふた方よりのほぎ歌を聴く

相経にし二十五春を祝ふ日に雪をも銀のよそほいと見る

かへり見て二十五年の道細しわれらの力世をば開かず

花咲かむ弥生にやがて入るぬべき我が世の春をめぐまれしかな

家の風揚ぐる日なくて我等経ぬさは云え悔ゆる日もなくて経ぬ

われさへも若かりし日の飲めば見ゆ和泉の酒のなつかしきかな

雪霜になほ堪へながら今年より梅と椿を我が花とせむ

住の江と高砂の松それに似ん奇しき妹背よ隔てぞ住む

人知らぬ命の瀬にもたちしかど沈まで今日の春にあふかな

雪に照る暁月夜川音もなが産声も清かリしかな(男重冨誕生)

矢車の音もをゝしき鯉のぼりたてゝぞ祝ふ世継ぎ子の為

犀川の産土神のおん守りありて大人になりぬ我が子は(重冨成年三首)

此の春は代々の御組(みおや)に告げまつる家継がむ子の大人になりぬ

鎌倉の世よりつたはる旧き家それ未の代につらなるは幸

たちならぶ妹背の松の若みどり常盤かきはに栄えよとこそ(重冨結婚三首)

相むすぶ契はかたしまたまつく尾山の神のひろ前にして

うれしくも珍(うづ)の男の子兒生れけり代々の御組に告げて祝はむ(長孫重光誕生)

花咲かむその行末をたのしみてめぐし育てよ庭の撫子(孫女鶴代誕生)

  贈位せられし橘曙覽翁に

くらゐ山上るめぐみに今日あひていよいよ薫るたちばなの家

かぎりなき大御惠は亡き人の上にも及ぶ御代ぞかしこき

現し身は消えての後も位山上る翁のほまれ仰がむ


日の國の光の中に沸きたてり此のよき年にあへるよろこび

梅かをり民一億のこゝろ皆遠すめろぎを仰ぐ春かな

久米舞の袖に昔をかへすかな國を挙げてのよろこびの春

かさねたる御國のよはひうら若しいやとこしへの御裔思へば


日向より虚見津大和よき國とうつらせ給ふ御矛とりつゝ

孔舎衛坂ゆく道かへて紀の海に御船は出でぬしこの阻むに

八十梟帥亡びむきざし先づ見せて丹生の川瀬に躍るうろくづ

仇は皆まつろひ伏して平ぎぬ御弓にとまる鵄の光に

畝傍山あかねの雲に鳥舞ひてかゞやかしもよ天つ御位

  米壽の生母の誕生日に

ふるさとの和泉の人らゐや厚くことほぎたまふよねのよはひを

                    

                     著者 生母
   冨 永 せ い 刀自




紅 玉 集


紫の消えぬほどにと大人(うし)を待つ医王、戸室の夕ぐれの色

竹柏園(なぎぞの)の大人に訪はれて光あり川辺凉しき夏の金沢

犀川の瀬に鳴く河鹿こゑ細し此のまれ人のあるを知らずや

  佐々木先生より御返し

さい川のゆふべの河鹿こゑ清み玉の言葉をきゝ得たり我れ


み歌みな白玉なさむ北くにの雪をはじめて踏み給ふ君

  その時、晶子夫人よりさい子へ

白嶺より先きに君をば見まつりぬ金沢城正月にして

  更にさい子より晶子夫人へ

ふるさとの昔を此処に語らへばよみがへりきぬ若き日のこと

  御夫妻に随ひて芦原温泉に宿りし夜よめる 三十七首

閾 水戸の荘しきゐはづして老太守稼穡の民と語りたまひき

歩 人すべて新しき世へ歩み去るひなの伏屋に我れはこもれど

落 古瓦雪解の後の庭に見ゆいつの嵐に落ちしともなく

石 気比の浜よる白波にみがゝれてみなつぶらなる清き石かな

星 宵の星地に下り來て此の頃の愁を拂ふ箒ともなれ

袖 清方の絵より美し春の夜の紙燭にかざす紅梅のそで

追 よるべなき雲にも似たる我が身かな風に追はれて広き野をゆく

黑 うまや橋吹雪に渡る朝七時常にあふ人黑き頭巾す

持 さくら皆すでに臙脂を枝に持つ金沢城の石垣のもと

沁 牧場の柳けぶりてゆく方にゆきげの水の土にしみ入る

朝 湯の宿の朝のこゝろに寒からず芦原の雪も鷹巢おろしも

指 なつかしや芦原の宿の雪の朝指にも淡き湯の香こそすれ

分 うす墨にひとつなりしを雪晴れて空と山との色わかれゆく

段 駅の朝階段上る人寒し越の福井に雪のつもる日

土 おりだちてしばらく庭の土掘れば春の光にこゝろとけゆく

道 追ふものもさへぎるものもなき道になどかたゆたふ我れの心ぞ

忘 たはむれて明るく笑ふこともなし春の光を忘れたる人

                    
俣野肇氏所蔵の色紙をコピーして戴いたもの

動 見まもればほのかに春の雲動くなほ白けれど北の遠山

寒 在りし世を恋ひつゝ寒き石を撫づ訪ふ人のなき友のおくつき

跡 能美の原雪白くして路にあり先だつ人のわらぐつのあと

莟 木蓮のぼみふくらみほのぼのと青き色見ゆ前の枯芝

廣 朝日かげいよいよ高く輝きてひろくなりゆく岡のまじはり

姿 寒き夜の宿の鏡の前ゆけば旅やつれしてうつる我が影

僻 花咲けど共に眺めむのどけさを持たぬ彼の人ひがみたまへり

頭 狂ひたつ獅子がしらとも見ゆるかな磯の岩間につもる白ゆき

合 川二つ落合ふところ滝なして瀬の早ければ舟辿りゆく

船 網代笠しとゞに濡れて渡し場のみぞれの中に船を待つ僧

残 語ることなほ残れどもたそがれて君に別れむ時せまり來ぬ

同 ふるさとも旅も同じうつし世ぞあめつちひろく心足らへば

溢 ひたる時あふれて鳴れる湯の音も雪の夜明にこゝろよきかな

默 相容れぬ人と人との中に居てわれも苦しくもだすひと時

嘆 白ひげをかき撫でながら我が翁くだちゆく世を今日も嘆けり

薄し 寒き日も湯女は伊達著の衣うすしまみのけはひを雪にきほひて

止 二十とせをふみとゞまりて北國の雪と人とに親しめる我れ

喜 此の雪は消ゆとも消えじ故郷のきみといでゆに遊ぶよろこび

光 琵琶床に置ける手箱の高蒔絵見れば螺鈿も光るなりけり

長 花瓶に冬の牡丹をいけし宿ながき廓より湯のかをりくる




  公園、宝円寺、宇多須山、月心寺、男子師範、粟津、郡谷寺、に遊ぶ

まれ人を先づいざなひぬ色探き紅葉のもとの園の水亭

栄螺山霞が池をまはりけり鉄刀樹(たがやさん)をば岸に見て後

菊ざくら花なき秋も人々が行くを停めて仰ぎこそすれ

敬ひて旅の人らも拜をなす若き太守のおん像の前

光ある秋にあひぬと森の木も紅葉を急ぐ宗達の墓

師のために読みます経を我れも聽く紫錦の台の秋の大寺

宗達の墓ある森へ香焚きて禪師先だち行きたまふかな

空地水、火風と彫れる石の字も時雨に濡れて寒き塚かな

宇多須山大人と夫人の來たまへば河北の潟も秋に光りぬ

望湖台山より空へ一筋の秋の雲あり紫を引く

木の紅葉草の紅葉に秋探き丘つゞくなり宇多須、油木

前の山みな紅葉してその奥の医王の峰にうす雪を置く

もみぢする医王戸室をしたがへて雪すでに見ゆしら山のうへ

紅葉する宇多須山より見るうみに虹のたてるも秋のよそほひ

月心寺訪へば翁の句もありて秋にたのしき禪と茶の味

師と共にひろへばうれし静かなる曉雲亭の柿の落葉も

黄なる葉の風にをどるもよろこびを知る如きかな庭のすゞかけ

粟津湯にしばし車をとゞむれどこゝろいそぎぬ那谷の御山に

那谷寺の岩山紅葉行く方に人をとゞめて秋の日に照る

此の秋の那谷の紅葉の色濃きは今日訪ひ給ふ師らを待ちけん

那谷の山紅葉する日は護摩堂のいろ褪せたるも誰れか思はん

御寺なる謙信の琴歌人のきませる今日は秋風に鳴れ

般若湯くまぬおもても秋の日はもみぢに赤し那谷の僧坊

紅葉して秋の光を満たしたり那谷の御山の谷の片はし

わきいづる清水のあるを今日知りぬ岩屋にのぼるきざはしのむと

もみぢする日もなほ暗し岩山の洞にまします観音の御座

水鳴りて紅葉のかげに苔青し三尊石のそびえたる庭

師の大人のいませる那谷へ串の友病む身を忘れ車して來ぬ

秋の日は早傾きぬ法皇の菩提の塚もとはまほしきに

をしめども時の來ぬれば申すことのこれるまゝに師をば見送る

今はとて加賀を立ちます旅の師に添ひゆくものは心のみにて

ゆく水もうかぶ紅葉も今日見れば師のおんあとを追ふごときかな




  興謝野寛大人の墓前を訪ふ

菊かをる日比谷をいでゝ嬉しくも秋晴の日にいそぐ荻窪

ひと時の後晶子師にlまみえむと心をどりて荻窪に入る

荻窪は初めてなれどわきまへて檜葉の垣根のつゞく道ゆく

香焚けば那谷の別れを又思ふ冬柏院の御名唱へつゝ

ぬかづけばいさゝか晴れぬみはふりの日に訪はざりし心残りも

大人のためみ回向すとておん門主來ませり越の毫攝寺より

  御門主にしたがひて墓参す

むさし野を走る電車の清きにも思ふは大人のいましつる秋

人の世と大人がいませる世をつなぐ美しき道多磨の野にゆく

雪の日に御柩こゝを通りけむそのなつかしき道を今日ゆく

秋のばら抱きてぞゆくおん墓へ我が奉るこゝろの如く

先づ見ゆる御墓のしるしあざやかに書かれてありき彌生の忌日

大人のため夫人は花を盛りたまふ我れは清水を汲みてさゝげむ

ひざまづき読経したまふ光曜師その合掌に我等したがふ

ところを得ねむり給へるやすけさよ院の御名なる冬柏のもと

ひるの月淡く御空にかゝるなり樗牛の基を訪ひし日のごと

おんまなこひらき給ひてうたひませ御墓のつばき紅く咲く日は

知りがたき事も大かた知りましゝ大人をたふとみあふがぬはなし

むさし野のゆふべは悲し落葉たく白き煙も雑木紅葉も

むさしのゝ雜木のかげに時過ぎしすゝきそよげり十月にして


雪の日に浸り給ひし芦原の湯いまはつきざる涙とも見ん

挽歌をさげんとしてとる筆もわなゝくばかり悲しむ我れは

梅椿たまひしことを忘れめやわれら妹背の二十五春に

金沢の深雪と那谷のもみぢ葉にのこる思出清しうつくし

ひらき見る白桜集に光るなり君がたどりし大いなる道




忘れめ幾年月に萬葉を説き給ひにし大きみめぐみ

み病は遂に癒えざり物語り源氏の講をすこし残して

おん葬儀いとおごそかに行はる厚見斎首の祝詞(のりと)かなしく

電文の佐々木博士のおん弔歌代読の栄我れに賜はる

玉串を捧ぐる我が手をのゝきぬつひのみわかれ今と思へば

み柩は今ぞ出で給ふ従三位動三等の名旗かざして

しゆくしゆくとみ柩はゆく全校の若人ならぶ四高門前

み柩の車は走る秋ふかき公孫樹並木に夕日さす道

我が背子も送りし野辺にいやはてのみ供をなして悲しくも來つ

はかなくも今は煙になり給ふ有為轉変ののがれざる世や

いと寒き秋風ぞ吹く萬葉の大家うしなひし森の都に




世を照らす光なりしを白玉の楼に入りぬる如月の朝

大聖の涅槃と同じ目なりしもふかき御法の契なるべし

蔭賴む老松枯れて木の花の園の小草やいかに露けき

諸人が捧ぐる花のたゞ中に眠りたまへり君はやすらに

天地も君を惜しむかみはふりのにはを清めて春の雪降る

散蓮華みたるゝ雲の中にしもいゆきてまさむ清き御魂は

天蓋をかざして白きおん柩まつられてありみほとけのもと

みひつぎのみまへにたちて奉る歌涙ありひとつひとつに

  坂野きく子刀自をしのびて (以下八首)

世の人は時うつりても讃へなむよき花の種蒔きゆきし君

をしへられ慰められて君こそは我がゆく道の光なりしを

明らかに過去現在の因も果も悟りて道をふませ給へり

君により安居の夏を写経して過しゝことも清き思出

身にいとま得し時君に代りても大師のみあと我れめぐり來む

たふとしやかたみの寫経枕辺に積ませたまひし八十八巻

よろこびは金剛園にのこるなり四國の土はふみまさねども

納経のまことは既にかよふべし札所あまねく訪ひまさねども

  土師双他郎先生最後の遺詠

「清水湧くあたりに匂ふ菊の花こぼるゝ露と共に汲まばや」とありしを見て御靈前に

いかなれば菊の千歳を汲まずして果敢なき露に習ひましけむ

  松宮助之亟先生

高かりし松のひと木を惜しむかな常盤の園に今もあらばと

  龜 塚 智 聞氏 五首

みほとけをまつる彼岸の第五日春寒うして君が訃をきく

來て見れば寺門にたてり筆太に師の入寂をしるす立札

蠟の火もまたゝく如ししのび言御靈のまへによみあぐる時

十人の白き輿丁がかき上げて今ぞ御柩永久のいでまし

かなしくも智聞老師の御柩春雨けぶる路をゆくかな

  駒井依子夫人 二首

影消えむはじめなりしと此の秋の望月の夜のなげかれぞする

歌まくら共にさぐらむあらましもゆめとぞなりぬやまと陸奥

  北中経子の君 二首

春の日に送るはつらし彩雲のまどゐの花と咲きにし君を

菊の日に舞ひたる君があて姿思ひて泣きて香を曉くかな

  東 與 三 郎 氏

そのやまひいえなんとしていかなればゆく道かへてよみに急ぎし

  白 山 仲 子 刀自

桐の葉のそれより先きにちりゆきてのこる哀のふかき秋かな

  柴  保 二氏 母堂

奈古の浦かへらぬ波の音きゝてなくは渚の千鳥のみかは

  石橋 延子刀自 (福井市の戰災にて逝去)

かなしくもゆきてかへらぬ門出とはゆめ知らざりき過ぎし七月

  日下部壽貞子夫人

春毎に熱海のうめを見に來よとのらしゝ君が誠忘れじ

  杉山元帥夫人 二首

うつくしき妹背の道はやがて又をみなのかゞみ世の光なり

とこしへに我等仰がむ雄々しくもゆかしき君がいやはてのさま

偕老の夫人逝きましゝおとづれをかなしく越の春にきくかな(内山英保大人に三首)

まことにものたまふごとし人の生はじめ終りのあとはうつろと

鎌倉のその山荘に亡き君をとむらふごとく椿咲くらん

  生家の甥、大阪高商在学中に早世しければ 七首

玉はやす武庫の浦風つれなくも若木の花をちらしつるかな(西宮海岸にて永眠)

とこしへにさめぬ夢路に入りにしをなほ眠れりと思ふはかなさ

をさめてし学びのわざはよみぢへの土産になりぬと母の泣かるゝ

二十年の今日を限りに枯れはてぬ千尋の蔭を待ちし若竹

つらねゆく此の白張のともしにもなほ淋しさの添はる宵かな(内葬の夜)

夏の日は照りかゞやけど人々のとむらひ詞うちしめりつゝ(以下二首本葬の日)

こゑたつる人こそなけれおごそかになき魂まつる大寺の堂

難波津に此の人ありと知られたる巨商なりしを終り幸なく(兄冨永藤兵衛 二首)

世継ぎ子に先きだゝれたるあと追ひて逝きし不遇にうから皆泣く

除隊なほゆるされぬ子と北鮮のまな娘とを思ひつゝ逝く(姉俣野美津子 二首)

さはあれど嫁女千代子のよきみとり受け得たりしを幸と思はん


紫禁城はた萬壽山見む日にも忘れずあれな加賀のふるさと(以下二首 北京にゆく迎照子女史に)

大空のゆきかひやすき世とならば華北も近しさきくましませ

  (以下三首 從軍記者となられし上山南洋氏に)

ほがらかにうたふその声また聞かむつとめ果さばとく帰りませ

五とせの思出ふかく胸に湧くしばしの別れ君に惜しめば

さらばさらば君に別れむ春の日もなほ短しとうたひくらして

遠ざかる梅のかをりの惜しまれて佇むこゝろ春としもなし(兒玉知事夫人に)

根を分けてこゝにとゞめむよしもがなみやこに移る花の惜しさよ(麻生粳子夫人に)

花うらゝ尾山の城は輝けりますらを君の召されゆく朝(上山南洋氏出征に際して)

君と我れ恙なくして相見るも命なりけり宿世なりけり(北京より帰郷せし迎照子刀自に)

不老坂のぼれば梅のかをるなり長生殿にたぐふべき家(以下三首駒井家にて)

よき聯のありて支那めく柱かな紅き唐紙に金字光りぬ

杉高くつらなる軒に初春の川を見おろす高台の家

とりあへず藤の花もて答へまし「紫に咲く」ひと巷を得て(近江満子夫人に)

山つゝむ「草の錦」のありてよし築紫の阿蘇も越の白嶺も(中島千代子夫人に)

秋の陣つゆけかる日も春めかむかをる故山の花の使に(愛婦派遣の満洲軍慰問使赤倉女史に)

天雲の中より清きこゑのして世に仰がるゝ飛驒の山松(田中大秀翁墓前に)

菊に似て子の生先も長月の君が産屋によろこびの満つ(吉川しげ子夫人に)

こゝろゆく北の旅かな旭川層雲峡の山もいで湯も(東氏の旅行記北海の観光に題す)

世にひろく仰がれにけり能登の海の舟の窓より君が見し雲(勅題予選の光栄を荷はれし谷口氏に)

身の震ひ我れもとまらずなゐと火に今日おそはれし友を思へば(以下四首 福井大震災の時吉田夫人に)

天を仰ぎ地にひれふして竹生刀自つつが恙なかれとひたに祈りつ

新ぶみもラヂオもあれど友の上知るよしなくて幾日かを経ぬ

漸くに安きを知りぬさはあれどとゞくや否や救援物資




春四月河北の煙霞遠く見て白桜院のみうたを思ふ

王朝の紫女世にあらば今様の源氏の筆を此処に執るらん(群青の間)

武者隠し上段の間に藩政のむかしの戚儀の偲ばれぞする

彩雲の歌のまとゐを今日ひらくたつみの殿の南おもてに

春の日の光みちたる高殿にうつくしきかな歌の朗詠

うつし世の夢かやこれは朗詠の声に醉ひたる五十幾人

國宝を今日しも数多展かれぬ百萬石の豪華の名残

都より來ましつる師もほめませり石川門の此の花ざかり

菊ざくらまだ早けれど人集ふ春まさかりの曲水のもと

  当日宮崎縣より出席の龍岡清子刀自に

手をとりて共に進まむうたのみちきみは筑紫にわれは越路に

  清子刀自より さい子へ

高千穂のふもとの里の名なし岡加賀の白嶺に及ぶべしやは



旅 の 歌


殿守のあゆみ静けし宜秋門かたくとざせる御園生のうち

松の色承明門に照りはえて朝日まばゆし秋の大庭

つゝましく歩みて奥へ進みけり紫べりのみたゝみの上

もゝしきの渡廓の板にうつるかな平安朝のいにしへのこと

おほけなや今日の我が幸はからずも布衣の身にして殿上に立つ

                    
俣野肇氏所蔵の色紙をコピーして戴いたもの

日だまひのふだある上に王朝のむかしを語る櫛形の窓

見参の板をしづかに踏みて見つ上ゆるされし人もかくやと

月花の大御うたげもしのばれて清凉殿のみまへかしこし

日のおましこゝぞと人の教ふるに寄りて仰ぎぬかしこかれども

日のおまし守りて年を経にけらし朽木形竃くあやのみとばり

御溝水(みかはみづ)一筋長し勾欄のなゝめに見ゆる呉竹のもと

みさうじの手長足長猿の絵を荒海に見る大殿の上

空焚も匂ふ心地す弘徽殿のうへの局のあてやかにして

とのゐ人かしこまりつゝ侍りけんよるのおとゞにつゞく萩の戸

ふと此処に現はれぬべき心地しぬ桜の直衣著たる人など

横笛といふ君故に住みかねし人をば思ふ滝口の陣

み釜木にすゝけLといふ黑戸よりほのかにつゞく北廂かな

まのあたり仰ぐ南殿(なでん)の高みくらげにめでたさの天つ日に似る

かしこみて壽詞(よごと)を申す大臣(おとど)たち居ならぴし日を思ひこそやれ

大御典あげましゝ日をしのぶかな南おもてのきざはしの上

日の御門月の御門のさしむかふ玉しきの庭いさご光れり

とこしへに相ならぴたる二木なり御階(みはし)のもとの桜たちばな

大殿の檜皮の屋根を仰ぐ時はゞたきなして白き鳩飛ぶ

燈籠の寒水石もしづかなる御苑に秋の松風をきく (以下仙洞御所 三首)

小田原の城主が民を救ふとてこゝにささげし五百(いを)の玉石

池に來て翅を洗ふ鳥ひとつめでたき園と知るや知らず屋や




いでたつは花の旅なりつれだつは歌の友なり幸多き春

比叡あたご宇治橋に見て山城の國うつくしと思ふ朝かな

山々の霞晴れたリ浮島の十三塔に朝日さす時

ふるき世のにほひゆたかにたゞよへり鳳鳳堂の扉ひらけば

醍醐寺の僧都の筆といふ梵字よく仰ぎ得ず円光の中

大方は剥げてあとなきその壁画九品浄土の図とはきけども

花吹かで散りにし人をとむらひぬ春も淋しき扇の芝に

釣殿に管絃の舟うかぺけむ宇治の御幸のあとはこゝかも

花咲ば昔の栄華示すらむ平等院の庭の藤棚

橋寺の庭に見るかな寛政のむかし堀りいでし宇治の断碑を

まきの島さらす麻布しらねども立つ波白し宇治の川づら

橋の小島が崎ゆあらはれしものゝふ二人今は夢なり

いにしへの歌につたはる宇治川の瀨々の網代木いまはあらなく

もろもろの人の為にと辰馬大人菩薩の行をつゞけたまへり

現世即浄土と思ひ宇治川のつゝみに立ちて桜ながむる

浮舟の君のことなど思ひ見る此の宇治川の夕月夜かな

春宵の價千金師の君をかこみまつりて歌を語れば

師の御供花に重ぬるうれしさよこぞは奥能登今日は山城

天がせも米かしの瀨も今日見むと宇治川ライン逆のぼりゆく

鶯はしばしば啼きて旅人のこゝろを花にさそひゆくかな

舟遊び宇治より三里乘りかへてあふみの湖の風に吹かるゝ

鳩どりは湖上に飛べど島めぐりおもひとまりつ風の寒きに

瀨川の橋近づくまゝにしゞみ採る舟あらはれぬ志賀の水海

浜大津舟より上り四の宮の光泉林を夕ぐれに訪ふ

靈堂の外にありても合掌す此処は「光」の道場にして

相住める人相共にをがみあひ同じ光を浴びていそしむ

咲く花の下臥ならで宿ぬしのなさけの衾かさねてぞぬる (漣月君に)

目覚むれば鶯鳴けり紅椿馬酔木の花の明るき庭に

朝ざくら疎水にうつりうつしよの人も清まる山科の春




風そよぐ青葉の中に聳えたり越の御山の七堂伽藍

五代杉高き梢に夕日さしみやましづかに梵鐘の鳴る

こよひ寝む傘松閣のめでたさよ格天井に百花繚爛

永平寺廊をゆく時ものとへば答ふる法師ゐやの正しき

願はくは慈悲観音に救はれむ我が命数はいつと知らねど

彿法僧しきりに鳴けり月淡き吉祥山の夏の眞夜中

寅の刻起床のりんの走る時庫院にまつる葦駄天を思ふ

幾百の階段たどり曉の鐘鳴る堂にいそぐおん僧

大禪寺緋の衣著て出で給ふ承陽殿の朝の勤行

み読経のたふとき中に香焚きて我等もつづく朝の禮拜

ほとゝぎす吉祥山の奥に聽く朝の勤行終りたる時

僧堂に魚板の鳴れば雲水が笥に盛ぶ朝の白粥

大きさを誇るのみなり此の寺の廊につらるゝ無為のすりこぎ

ふりそゝぐ朝の雨清し法の山十萬坪の青葉濡らして

玲瓏の滝とうとうと朝の雨晴れたる山にひゞくすがしさ

溪川の河鹿のこゑに送られてさらば下らむ大寺の山




こゝに來て知りぬ小牧の堰堤に人のちからの大いなること

                    

俣野肇氏所蔵の短冊をコピーして戴いたもの

庄川や神わざならで後の世もくづれぬ堰を人の築きぬ

海に似る大川ありてまことにも水の王なり越の中國

湯谷丸ともづな解けば忽ちにこゝろと目とをうばふ山水

幾たびか山ばなめぐり我が船ののほれば長し庄川の水

道あるか溪ふかくして静かなるむかひの峰に見ゆる炭竈

洞門を入ればうなじに一雫落ちてつめたしおく山のつゆ

山の橋過ぎて湯谷にゆく人の影見えぬまで葛の花咲く

ふねを下(お)り山をのぼれば木のまよりあらき岩より湯のかをりする (以下大牧温泉)

山の湯のひろきに心たらひつゝわれを忘れて身をひたすかな

世をしばし忘れてあれと浴室の窓をおさへて高き山たつ

山のかげうつれば青し湯ぶねよりあふれて廣く流れたる湯も




水馴棹とるに心や碎くらむ言葉すくなし我が舟の水夫

いはほより雪を吐くかと思ひしはひとむら咲ける卯の花にして

さかのぼり訪ひみてしかなみすゞかる信濃の奥も恵那の溪間も

我が舟ゆ行幸が岡ををろがみて奇しきこゝだの岩を讃へつ

桃の子の生れしといふ栗栖村三千年かけてのどけからまし

蔦かづらくるすの山に棲む猿もをりをりいでゝ岸傳ふらし

赤壁をさぐる人のみ通ふらん川より見ゆる崖の細道

夏山のみどりの上にあらはれていとゞさやけし犬山の城

追風は吹き絶えぬれどのぼりふね白帆ならべてゆるやかにゆく

犬山の城よ橋よと見るほどにわが舟泊(は)てぬ清き岸辺に

近道ときゝてのぼりぬ白帝の城の搦手こゞしけれども

よこたはる川の彼方や美濃の國各務が原に夕日かゞよふ

見はるかすあゆち國原末遠くつゞくは伊勢の海路なるらん

小牧山ありし昔の物語淡くつゝみてタ靄のたつ




伏木より寄る舟待ちて氷見の浦いづれば嬉し雲さへも晴る

あゆの風吹かねば波も静なり二上山に雲は見ゆれど

我が舟をけふは守りて阿尾が崎時雨をよそに法る浦風

枝長く波にのぞめる松ありて岩おもしろし氷見の唐島

灘浦をさして我が舟今出でぬあさ日の山のもやに別れて

虹がしまつまゝのかげの岩にゐてふねは寄れども飛ばぬ鵜の島

磯の木のつまゝも見たり灘浦や氷見の長浜ひとめぐりして

大敷のあみをうたんと秋の末藪田の海人が磯につどへる

藤の花今も咲くらん長閑なる春の日にまた田子をとはまし

石ぶみを山に見るかな家持が若くて此処にうたひたるあと

布勢山のみづうみ今は田の蓮に名残をとゞむ十二町潟

垂姫の崎はいづこと里人にとへどさだかに答ふるはなし




師の君の御歌に今日は入りぬべき柴山潟の水清きかな

春の水柴山潟に満ちたらひおもひなげにも白鷺のたつ

かぐや姫中にますかや此の君の光いみじきふしを見するは(金明竹)

夕ぐれの色松山にせまれどもなほも光れり越の白嶺は

芦はまだ黄なる汀にうす寒き春風吹きて水鳥の飛ぶ

をりをりは翅休むる鳥のかげ堰ぐひ並べる片岸に見ゆ

棹させばまつはる藻などありぬべき潟とは見えず舟ひとつ見く

居ながらに魚釣り得べきおばしまの松の葉ごしに光る波かな

かいつぶりなど今日はしも影見せぬ師のみこゝろを慰むべきに

よぼろ達風寒きき日も默しつゝ山に堀るなり埋立の土

切り崩す山赭けれど惜しかりし花もありけん松もありけん

松の丘安宅の方につゞくなり柴山潟と海を隔てゝ

北の國よそより春の遅ければやせて咲くなり畑の菜の花

篠原に近くなるらし我が車潟に別れて松の道ゆく

塚の松老いて雄々しき姿にもしのぶは此処に戰ひし人

北海の風に吹雪に戰ひていろをかへざる塚の老松

かなしきは壽永の昔この丘に敗れし人のいまはなりけり

たち枯の草もいたまし実盛の染めたる髪を洗ひてし池

実盛がよろひをつけて戰ひし姿おぼゆる塚の老まつ

いさぎよく砕けし波はいほほより眞珠の霧を吹きちらすかな (尼御前にて)

越の海の春風荒し襟巻にちゞこまりつつ岩の上にたつ

山伏のすゞかけ姿うかぶかな安宅につづく浦と思へば

しづかなる潟に一葉の舟うかび夕映すなり雪のしら山

湯あみして髪をつくろふ我が友の伊達巻すがたなまめかしけれ

なまめかし絃歌きく夜はかすかなる湖津月津の里の灯影も

花ならで此の春の夜を惜しみつゝ師に朗詠のみをしへを受く

おもふこと皆うつくしき今宵かなみふでとります師に侍りつゝ

師の君の明日の長旅おもはずば語りあかさむ一夜ならまし

丹前の襟しどけなし湯をあみに夜更けし宿の廊下ゆく我れ

更くるまで小唄きこえし湯の宿もしづかになりぬ時のうつれば

夜の三時ねがへりすれば窓の外にみづうみ白く月の昇れり

起きいでゝ君見まさずや三更の窓に照る月水に照る影

うすものゝ被衣をぬぎて白みゆく柴山潟の朝月夜かな

雪しろき遠の山よりひろごりぬ江沼の春のあけぼのゝ色

白山の神にあしたの拜をせむ一夜宿りし西の加賀より

おん別れ今と思へば言出でずたゞ目がしらのあつくなりつゝ

おもひ出はとこしへならん片山津あみし湯の香は風に消ゆれど




あやめふく山中に入る端午の日二天の橋を車より見て

湯のまつりにぎはへる夜を吉野屋のおばしまに居てきく河鹿かな

借り浴衣身にあまれるを著流して鶴仙峡の若葉蔭ゆく

朝の雨さぎりとまがふ川中に江沼の山のみどりしたゝる

河鹿莊聽泉園も初夏の渓間の雨にけぶる朝かな




八月の七尾の海の青潮にくらげ浮びて我が舟による

大口の瀬戸を出づれば外浦にたつ潮あらく我が舟を搖る

汐はこぶ海人の影見ゆ松多き九十九の島の磯をめぐれば

しづかにも初秋の波みどりしぬ珠洲の岬に近き海原

夕ばえの光の中に九十九より和倉をさして渡る我がふね

謙信のから歌うたふ人のあり立山を見る舟のへさきに

能登の島の灯影夜風にゆらめくを見つつぞ凉む宿のおばしま

楼船に在る心地なり廣き蚊帳すこし波うつ中に眠れば

いち早く目さまし我れは窓あけて海にのこれる月を見るかな

一夜ねし和倉の夢を語らはむ渚のかもめ近くより来よ

机島昔の歌にきゝしごと令も棲むなり小螺(しただみ)の貝 (以下机島)

小螺(しただみ)を机の島に我れも採るめづこの刀目の歌思ひつゝ

こにあまる小螺得たり机島漣きよくよする渚に

筆染の机の島の岩見むと松葉まつかさ踏みつゝぞゆく

島に來て硯の岩の水見ればうたはん心われも起りぬ

なつかしきしまは此の島瀬嵐の沖にうき世の塵を隔てゝ

葛かづら机の島の岩に匍ひすでに秋なる風の音昔かな

我れを吹く初秋風のすゞしさよ斧をも入れぬ島の木のまに

松蔭の眞葛むら芦さやさやと島に鳴るなり初秋の風

瓜食める人をめぐりて机島凉しき風に藻の香こそすれ

今日訪へる標を島に立てむとてみづから槌を打てる船長

机島雨にけふれり螺の貝ひろひし夏の夢をたゝみて(以下三首は冬の和倉にてよむ)

鳥を吹く潮風あらし大口の瀬戸をいでゆく釣舟もなく

外浦に鰤をとる日か氷雨降り能登の入江に荒き風吹く




田鶴浜笠師保あたり過ぎゆきぬ歌の熊木はいづこなるらん

能登鹿島郡ざかひの穴水をすぎたる汽車は山峡に入る

輪島町汽車のかよふに訪ね來てうるしの香をばなつかしむかな

初秋と思ふあしたにやゝ荒し外浦の風外浦の波

わじま崎燈台の灯も此の海のあはびの貝の光して立つ

輪島崎まはれば鴨の浦見えてすがすがしけれ朝凪の海

相向ふ能登の鴨浦光うら抱くは青き初秋のうみ

吹雪する日に備ふるやとがりつゝ光が浦のはなに立つ岩

波風に幾年月をさらしつるいはほ尖れり能登の荒磯

海の風端より奥へ吹きとほる洞門ありて浜すゞしけれ

岩つばめ乱れて飛べり亀石のかしらを洗ふ白波の土

袖が浜五色の石を今日は見ずうたの光を持たぬ身のごと

七つ島七里はなれて近よらず鳳來山の松はよべども

七つ島七里離れて影淡し舳倉の島は更に遙けし

初秋の鳳至の浦を見はるかし比古神崎の松かげに立つ

あさ露に濡れつゝ荻のなびくなり幸神塚にのぼる山みち

秋の霧晴れゆく方に見ゆるかな能登の奥なる珠洲も曾々木も

海士の村とざせる家を多く見る夏は大方しまに渡りて

汐ごろもあらめに似るを著たる海女舳倉へ行かで二人かたれり

旅人の乗らむ舟なし鳳至より珠洲へ渡さん虹だにもたて

うちしぶく波にし翅をひるがへし白き鳥飛ぶ突堤のはし

ひとむらのひるがほさけり渚なる洞に土工が寝る岩の上

袖が浜かへりみすれば波清観光道路ひとめぐりして

舟に乗り塵を避くてふ名工のわざたふとまむ能登の沖塗

輪島町夕日の照れば塗師がある藏に珊瑚のいろをぬるかな

外海の波も染めつゝ落日が鸛鵠台の松原に照る (以下三首松原公園にて)

ひぐらしは我れを誘ヘど三宜莊松籟庵も開けず此の園

山に湧く授けの泉たまはらむ渇ける身にも折りし花にも

まつり日の赤き灯ともり旗ぞたつ浜の藥師の十二神將

おくつきに袖が浜なる玉砂利を運びてまつる男の孟蘭盆

蓮江寺夜の施餓鬼に人つどふ旅なる我れもその中をゆく

夜と共にはずむ音頭や魁けて花編笠の若衆踊れば (三夜踊)

めづらしき井戸をはひりに先づ見たり紅がらぬりの母屋作りなる (久保家にて)




浦人ら皆櫓をとりてしたがへり海幸彦の我が友の舟 (以下五首柴保二氏方にて)

大敷の網代に今朝もいそぐなり寒さ恐れぬ奈古浦の海人

奈古の浦一里出づれば浪荒しいさめる海人ら叫びつゝ漕ぐ

沖のふね輪の形してならぶ時たちまち網にをどる大魚

汐けぶり波よりたちて海人の舟めぐれる沖に大魚をどる

大漁をよろこびて飲むこち酒にはやす唄をも聞かまほしけれ



松 籟 篇


山の秋さかり過ぎたる穂すゝきにまじればはじも雜草の中

をち方に河北の潟のあることも知らず日かげのにぶきあしたは

松かげの四阿に居し人去りぬ飛鳶の台の風の如くに

松風にまじる虫の音とりのこゑきゝわけざるも面白き山

内灘の沙山見えて雲晴れぬ宇多須の台にむしろひらけば

松かげにむしろひらきつ秋の台桔梗のいろの遠山を見て

山の苞これにしくなし初秋の花扇めく八千草の束

紫苑咲く感化院あり紅萩ののこる垣あり山の新道

望湖台なゝめになりし秋の日にてりかへすなりはじのもみぢ葉

紫のもやになりたる河北野を夕ぐれに見て山を下りぬ

字多須山秋ふかけれど月心寺ゆふべの門をくゞる人なし

かの秋の柿の紅葉を覗かまし曉雲亭を人の許さば

浅野川青く静に流れたり此の初秋の曉の水

山に來て朝の大氣に触れつれば思へることも澄むこゝちする

ひとつらに河北の郡海と見ゆ森も沙丘も霧の掩へば

楼ありて金閣と云ふ此の山は字多須なれども衣笠と見む

朝の湯と淡き朝餉に事足りてむしの音をきく山の初秋

覚林寺朝の勤行したまふや御堂の奥にゆらぐみあかし

仔うさぎが箱にむれつゝあそぶなり玉兎が丘をすこしはなれて

大樋より朝くる少女清きかな花を盛りたるかどを抱けり

いませるは何の佛ぞ朝の日のさゝねば寂し山かげの洞

しづかなる垣根になびく萩ありて誰が山莊ぞ門をとざせる

たてまつる花はあらねど額づかん妙宗の祖のおん像の前

帰厚坂すこしおくれて友の來ぬ鳥の餌にせむ草をぬきつゝ

白糸の碑ある河畔に一くさり鏡花を語る秋日和かな

望湖台ひらくわりごに紅葉照り河北につゞく空晴れわたる

初雪の既に見ゆるは飛騨ならむ医王戸室の奥にある山




漕ぎいでゝ先づ目に入るは腰蓑をつけたる漁夫の網を打つさま

投網うつ潟おもしろし秋晴に三十艘の小舟ならべり

舟に立つ海人が早業さとなげて水に紗を張る巻きうちの網

瑠璃色に晴れて河北の秋清し雲なき空と広きみづうみ

水の上に舟の投網は又おりぬ孔雀がひらく羽根のさまして

芦のかげ堰杙(ゐぐひ)にとまる鳥もありあをく晴れたる湖の秋

流しぶね波にゆらめく上にゐて網を手繰れる大崎の海人

蓑つけて網うつ海人は驚かず棚なし小舟波に揺れても

北海の波をくぎりて潟作る沙丘のぴたり長く斜に

芦の穂が風にさゝやく秋の唄蓮湖を渡る舟にしてきく

そよ風に芦はゆらげり我がふねのとまれる時も動ける時も

夏ならば桃賣る人の顏も見む木津より通ふ潟の小舟に

帆柱のふとくまろきを撫でながらうたへる友もまじる舟かな

波荒き海の方より大根布の沙丘を越えて秋の風吹く

謙信が戰ひし日をおもはせて萩坂あたり鳥の群れ飛ぶ

潟に入りなほ藥草の香を知るや医王山より流れくる水

たまはりぬ潟なる魚を亀塚の老師は舟の二十餘人に

尺の鰡板にをどれば光るなりみゆき夫人の白き庖丁

いづかたに巢をつくるらん鳶あまた洲に集りて輪をなせるかな

航空機飛ぶ日もかくてあらむとや潟の浮巢につゝしめる鳶

束のまにまた鮒を得て竿上げぬあかき布衣(ぬのご)を著たる釣人

鳶舞ひて舟を送りぬ宇の氣より來つる我が友先きに帰れば

矢の根など今もをりをり出づといふ宮坂の浜根布の沙山

内灘の荒屋、黑津の村々もそがひになりぬやがて泊(は)つらむ

川尻に我が舟入れば芦の穂を茜に染めて夕日かゞやく

明日もまた村の妹背が運ぶらむ洲崎にとまる芦刈のふね

粟が崎汀につけば舟人の肩より高くさやぐむらあし

秋の花咲き乱れたる畠ありわが舟に敷く絵むしろのごと

腰ひくき舟人宗太幾たびも別れを申す夕ぐれの岸

帆を張りて津幡にかへる空き舟の水夫ら幸あれ夏にまた來む




此の寺の白山水に清まりて欣求浄土の身ともならまし

佛殿に人をうながす廊の鐘ゆるき撞木によき音の鳴る

天上の菩薩雲より來たまはん心地もすなる散蓮華かな

蓮華散り甘露うるほひおん読経今ぞはじまる禪院の奥

浅ましき凡下の我れもよろこびにあへば忘れて法の座につく

おほけやな写経納めてとこしへに仰ぐ三宝護持の御光

ふみ迷ふ無明の夢路いましめん六道輪廻のがれざる世に

末の世の末まで正し大聖が説きたまひたる十二因縁

おん鞭を佛よたまへ三昧に入らんとしつゝ動くこゝろに

寺の晝わかき所化達まかなひて大雄殿にときを賜はる

今の世の寒山捨得いますペし庫裡に動ける人多き中

我が言ひしことを忘れぬ此の友よ阿難尊者の耳ならねども

百年のさびをおびつゝ銅羅魚板廊につらるゝ野田の古寺

うち水は苔にしみ入り夏の庭竹すくすくとならびたつかな

大寺の庭にたつなりそのつとめ朝暮(てうぼ)の外に持たぬ鐘楼




花つくりキャベツを作り独活つくり土にしたしむ若き人々

花畑の奥なる小屋を隔てつゝひともとまろく立つ柳かな

まりのごと思ひて子等は手にとりぬ畑にまろべる夕顏のから

まだ如らぬ貝の形の甘露兒を人みなめでゝ手うつしに見る

ふくよかに三尺盛れる土の中独活うらやまし世の風を避く

苗代のみどりの中に蛙鳴き澄みたる水もすでに初夏

北の國卯月の風の寒きにも胡瓜花咲く温床の中

斜にも朝の日さしぬ温室の葡萄に組める三角の棚

板橋の下より清く入る水を田に濁らせて鳴く蛙かな

野のみちを問ふべくもなし藁塚は大法師とも見えて立てども




これやこの河北郡(かほくごほり)の総やしろ晨の拜(はい)を我ら捧げむ(野間神社)

金択の人より先きに多田夫人小松より來て待ち給ふかな

暁の清きもの先づこれに見む花園村に近き田の蓮

初秋の河北に出でゝ花はちす開くを友と見るあしたかな

葉蔭にも咲く花ありて朝の田に目覚ましきかな紅蓮白蓮

凉しさをこゝに集めて休らひぬ野間のやしろの朝のひとゝき

大樋より花を抱きて來る少女加賀友禪の中に入れまし




露草の花咲く細き道ゆきて葡萄園見る金石の秋

金石の沙丘生めり大いなる五兵衛に次ぎて誇るべきもの

四千坪棚にひろごるゑびかづら秋の日に見て思ふ甲州

鋏をば手に手に持ちて園に立つこゝろのまゝに葡萄切るべく

袖に散る秋の甘露に人醉ひぬ肩に触るゝは三尺の房

棚の下めでたき葡萄味ひぬみどり、紫、白もよしとて

つる長くのびなむ秋を思はせて沙にはらばふ若木葡萄

葡萄狩潮湯も浴みて思ふどち濤々園に遊ぶ半日

松畷秋晴の日は更によし加賀の広野のふるき街道



心  琴  集

天地のおのづからなる声きかむ人の世などは思ひ忘れて

                                         


江戸さい子歌碑(尾山神社境内) 1986年4月撮影
                    


江戸さい子歌碑(尾山神社境内) 2010年9月20日、新詩撮影


避けぬべき道を知らざる我が前によこたはれるは萬貫の石

相ならぶ人のすべてをなつかしむとこゝろとなりぬ歌おもふ日は

心ふと岐路に立つ時よき方をいづれと知りて我れのゆかまし

こし方の船路の波はやすかりき此の沖つ風いかにしのがむ

あきらめて暮らせば安しいつの日もなやみ絶えざる人の世なりと

人の世の荒きをゆけどつまづかず何のちからぞ我れに添へるは

道に臥すはかなき草も我れふまじこれにも神のこゝろ宿らむ

ともすれば切れむとすなりよりかくるおのが心の糸細くして

埋もれて果てむ我が身か塵塚に生ひて花咲く草もある世に

相似たる深さならまし此の頃の君のなげきも我れの嘆きも

過ぎし方ゆく末のことさまざまにおもひ果てなき夜のねざめかな

我が心矢にあらぬども的なしに放つことのみくりかへすかな

                    
俣野肇氏所蔵の色紙をコピーして戴いたもの

みづからを軽しめずして世に立たむたつきの道はよしほそくとも

水馴棹老いてもとれり渡守一葉の舟にうき瀬しのぎて

雲のごと又水のごと我が前をゆき過ぐる人追ふべくもなし

                    

俣野肇氏所蔵の短冊をコピーして戴いたもの
(注)この短冊の歌詞は「にひしほ」と異なるが、この短冊の歌詞がオリジナルで、「にひしほ」掲載の歌詞は執筆時に変更したものであろう。

わが願ひ思ひ絶えてもありつれど時のうつりてよみがへるかな

                    
俣野肇氏所蔵の色紙をコピーして戴いたもの

十とせ経てうれしく会へる人の声別れて後もふと耳にきく

此のおくにあまたの不思議ありといふ扉ひらかじ謎の画も見じ

流れてぞ水は凉しき沼沢に淀めば錆のうかぶなりけり

ひとり立つ道だに知らぬ我れをしも老の杖ぞと母はのたまふ

ふるさとの海の波の音我が耳に残りて夢のさめし朝かな

住まばやと思ふ日もあり山水の清きところに庵をつくりて

うれしきは我がゆく道の光ともちからともなる友のまごゝろ

彼の時に君かく云ひしその時に我れのとるべき遣ありけむを

かたくなの人も悟りぬ誠心の奥よh出づる熱き涙に

あやまてる事多かりしこし方をけふより後は習はずもがな

あめつちは広しはてなし何しかもおもひせばめて世を渡るべき

とこしへに覚めざりせばと思ふかな亡き子にあひし曉のゆめ

むれてゆく人追ひこして都大路走る車に世に姿見ゆ

冨、ほまれ、思ふならねど人知れずさむき涙のちるゆふべかな

墨染のころもこそ著ね雲水のかろきに身をばおきて世を経む

ことそぎて暮らせど品のたかきかないかに心の冨める翁ぞ

漢のふみあやまりもなく読む声をうなゐの父はほゝゑみてきく

むらさきの沖の島山見えそめて波間にしらむ漁火のかげ

よろこびて國のまれ人見ますなりやまとに誇る奈良の鹿よせ

朝夕の鐘のひゞきも白雲の中にこもれり峯の古寺

よひよひにかほる山水ゆめにまで入りてたのしき旅まくらかな

うつし世の我れとしもなし夢さめて心むなしき朝のひとゝき

玉まゆの糸にも似たり九十九髪ほこる媼のしろきかしらは

こに入れ七飼はるゝよりも野に山に遊ぶ小鳥のうらやすげなる

あし田鶴の千年もこゝにこもり江の芦の葉さやぎなく声ぞする

早潮の流るゝ音もさやかなる鳴門の海の朝ぼらけかな

なつかしき我が金沢のやしき町こよひもきこゆ小鼓のおと

説くことを人に乞はれし文巻の下よみをせむ今宵しづかに

とこしへに我が遊ぶべき歌の園摘む花絶えずあらせてしかな

うちとめし猪をはひりにつり下げて山幸ほこる狩人の家

日がへりの旅は心のいそがれて曉ふかくたちいづるかな

藤かつらたすきにかけてみけつ物神にさゝぐる加茂の宮人

官つかさうやうやしくも奉る榊に清しかみのゆふしで

きくからにあやにたふとく覚ゆるは神をいはひの詞なりけり

望月の獅子にあふるゝ力あり鼓うつ人端然として

ゆめのごと島のかげより現はるゝ白帆かぞへて磯に佇む

日曜もあさいをなさぬ我がならひ起きて後きく聖堂の鐘

みめぐみのかゝらぬ方はなかりけりあをひと草のひと葉ひと葉に

加賀少女よそほふ袖に誇あり友禪斉の生れたる國

こゝろして渡れ村人大水にけた傾ける里の板ばし

故知らぬ涙にあらずその故を人に向ひて語らざるのみ

賤我れも大御宝の一人ぞと思へば責のかろからずして

春のゆめはなやかなりし若き日をしのぶ手箱に思出を秘む

生地のよき九谷の皿に歌などをかきて夜ふかす山代の宿

みちに逢ふ人皆けふはひやゝかに我れを見てゆく心地こそすれ

老いたまふ母には告げじ堪へがたきしひたげうけて帰りきつれど

よき墨のかをり高くもたゞよへり手馴の硯ふたを拂へば

こゝろざす里遠くしてゆけどゆけどなほ彼の杜の奥なりと云ふ

道のべにあひし柩の御車にゆかりなけれど合掌をする

ひとむらの蘭をその根に植ゑしより趣添ひぬ庭の捨石

うれしくも心あらたに音たてぬ師のおん筆の添ひし我が歌

みたらしを曉毎に汲み上げてをろがみまつるうぶすなの神

年ふりし御厨子黑みて光りたるみ佛います方丈の室

天平の御代の宝を今も見る奈漁の御倉の秋の虫干

かにかくといとまなき身はまれ人に訪はるゝ時ぞこゝろ憩へる

見えそむるゆふべの灯影それなくばありとは知らじ遠のひと村

人とはぬ山の草の屋うづもれぬ夏は葎に冬は落葉に

舟あらば彼の中島にこぎよせて己の日の神のほこら拜まむ

親を思ふそのまごころのかをりにて美濃の滝水酒となりけむ

裏畑の土肥やさむとはき溜のくりやのちりも捨てぬ此の頃

おのづからけぢめありけり楢くぬき同じかまどに炭となりても

ゆかしきは此の松蔭のなりどころ門も垣根もみやびやかなる

よる波にもまれてまろくなる石をこゝろにおもひ憂きに堪へなむ

那谷寺の岩屋に詣づ此の度は白桜院の御名となへつゝ

普門品ひと巻那谷に納めむと思へどいまだなさずこの善

親として子につくし得ず子としては親になし得ぬ身をはづるかな

身にかへて子をはぐゝめる母ごゝろすべての人の持つ世なりせば

棹とりて重たき舟を守りつゝけはしき瀨のみこえて來しかな

いさぎよく散りしときけば泣かれけり江南の花朔北の花

定まれる家なき人はうらやまんゆふべの杜にかへる鴉を

此のなやみ鋭き天の劔もてたち切りたまふ神はまさずや

眞向ひて我れに火をふく妖化ありたぢろぐべしや修練のちから

心せむ打つべきところあやまらば黄金の釘もそのかひぞなき

二筋の糸にぞしのぶ八雲琴岩戸神樂のふるき手ぶりを

乘打のあるじは誰れぞ白銀の鞍よそほひてはしる若駒

舟ひとつ鷗三つ四つ波の上に見えて静けし朝の入海

平らかに湊入りせし船人は心の重荷先づおろすらむ

空晴れて島と岬のむかひたる三里の入江朝の潮満つ

小法師に代りて叫び虹の寺客を取次ぐ門前の鳥

涙しておんおとづれをうくるかな千手菩薩に抱かるゝごと

とく起きてとらぬ朝なき草箒いほのあるじに似てもやつるゝ

藩政の昔よりして栄えたる家老やしきの庭の老松

へだゝりのおほきを今日も嘆くかな人のゆく道われのゆく道

しがらみとならむ力の我れになしあらぬ方へと水はゆけども

振分の黑髪なびきさにづらふをとめの頰のゆたかなるかな

仁和寺へ嵯峨より向ふひと筋の道にまた会ふ牛車かな

我が心清まりにけり誠ある人のこゝろに触れて泣く時

迷よりまよひに入りておろかにも我がゆく道のわかずなりぬる

老人を負ひて我がゆく岩根みち踏みはづさじと心砕けど

足らへるは心たかぶり足らざるはこゝろ僻めりむつかしの世や

夕日さす園に孔雀のひらきたるそろひきの尾のきらびやかなる

馬方の若衆がうたふひなうたは鈴の音よりもよき声にして

わだかまりいさゝかもなき人と人語りあへるは清したふとし

かゝはりの多き世のさま知らぬらしこころ軽げに動く雲水

夕汐や今さし來らし川口の浮木につきてかれ藻たゞよふ

けはしきを幾曲りして辿りしもゆくての光いまだ見えざり

身にそはぬ排の袴著てはふり子が鈴ふりならす里神樂かな

あやまつかしくじり三たびくりかへしさて此の次になすこともまた

今更に苦き思出かぞへじなけふの日影に祈りさゝげて

遠きよりかへり來し子と語らひてふしどに入るは曉の四時

わびしきは我れのみならず木も草も涙流すとおもはるゝ雨

友は云ふ白隠禪師ならへよと凡下の我れがいきどほる日に

まなかひの霧ふき拂ふ風もあれわれは眞如の月にうたはむ

わがこゝろ弦を張れども彈かざれば何の音をもたてぬ古琴

風吹けば消えゆく空の雲に似るこのうつし世に何を求めむ

心ある人のつくりし庭ならむおく深げにも見ゆる植込

うきことになほも堪へよと我がちからためし給ふや天地の神

若人ら追分うたふこゑのして更けても消えぬ島のともし火

古き蓑腰につけたり雨けぶる浜川の瀬に投網打つ人

九重のうちにも杖をゆるされぬ君に仕へて老いしおとゞは

日の本に事ある秋とおん僧は護國の経を読みたまふかな

瑠璃の壺手に得つれどもひらきえぬここちしながら過ぐす此の頃

村の名と同じ氏なる家なりきやまの木の間に高く見えしは

祈ること吾子の上のみ我がために今はもとめむ何ものもなく

人訪はぬ山のいほりは白雲のゆきかひをのみて見てくらすかな

溪川にうつる夜明の白き雲鳥の形をすれど動かず

桃山のこがねの瓦いま見ても世をおどろかすおごりなりけり

大空のひろさにかはりなけれども照る日くもる日さまざまにして

つかのまも休まですゝむ世を見てもふるきになづむ心捨てなん

まとまらぬ一日をけふも暮しけりかゝはることに右左して

雨晴れて汀のさくら色はえぬ涙の後のあて人のごと

素直にもうけてみづから引きしめむむちうち給ふ人のみことば

世の中に心とこゝろとけあへば寒しと思ふ何ものもなし

わがこゝろ沙漠をゆくかうるほひの水を見いでず昨日も今日も

けふ一日またいたづらにうごめきて光を知らずあはれ凡俗

濡れ髪をほしつゝ磯にかへる海女のふみたる跡を洗ふ白波

つり橋をおそるおそるも渡りゆく人を覗きて笑ふ山猿

すなどりをなりはひとせる家ならむはひりに今日も蓑をほしたる



詠   史

  後醍湖天皇

かりそめの官居をつひのおましにて神さりましぬみよしのゝ奥

  同

北風のすさびなりしぞいたましきみけしにかゝる花の吹雪も

  天 智 天 皇

ちる花に志賀の都の大君をしのぶもはかな末のよの春

  大 伴 家 持

布勢のうみに舟よそひして見し藤はかれても残る君が言の葉

  紀  貫 之

世に光る玉を見るにも紀の海のふかき心ぞはかり知られぬ

  源  親 房

うき雲のかゝる御代をぽ嘆きけり南の山の天つ日かげに

  和 気 清 麿

弓削川のさかまく水をせきとめて國のいしずゑ君ぞ固めし

  神 宮 皇 后

かしこくも大宮どころ出でまして御舟を高麗に進め給ひし

  北 條 時 宗

かまくらの松の嵐の烈しさにたちまち消えぬ西の仇波

  菅     公

濡衣をかけたるまゝにかぐはしき梅は筑紫の風に散りにき

  北 條 時 頼

ふる雪にうもれし佐野の枯木をも再び春にあはしめし君

  佐 野 常 世

春の夜に彼のまれ人を救はずば花咲く春にあはで果てまし

  村 上 義 光

緋おどしの鎧に名をば僞りてよしのゝ花と散りし君かな

  豊  太  閤

そのつるは高麗の廣野の果までものびてしげりしなりひさごかな

  松 下 禪 尼

くらからぬ庭の教となりにけり君がはりたるあかリ障子に

題   詠

  坤     徳

天つ日の光と共にさやけきはあきのみやまの月影にして

  酒

松の尾の神をまつりて新しぼりしたゝる音を酒藏にきく

                    

  紡     績

滝の水走るが如し八千筋の白糸流れ渦を巻くつむ

  仁  王  佛

紅つぶて子らが打てども古寺の門の仁王は身じろぎもせず

  進  水  式

満つしほに浮びたる時この船を造りし人ら心をどらむ

  人     絹

玉まゆの光をしのぐ此の絹に福井のさとの服部(はとり)賑ふ

  百  貨  店

花紅葉目を引くものゝ多くして世の冬枯も知らぬ店かな

  貯     金

山吹の花ひとひらの雫をもそゝぎ入ればや冨の小川に

  糸

あつめなばよき屑織となりぬべし短きいともおそろかにせで

  国  民  服

晴れの日も此の服よろし濃紫花をあしらふ紐かざりして

  戦争中町会婦人部常会にて

女郎花よそほふ秋にあらじかしその花に似る栗もはまなむ

  鼻

こもだゝみ平群(へぐり)のあそが鼻の色赤きやいかにをかしかりけむ

  女学生勤労

これも亦仕ふる道と手に豆をつくりて鍬をとる少女かな

  深夜雷鳴

夜まはりの翁の出足しぶらせて篠つく雨にはたゝ神鳴る

  路上所見

八巷の車のゆきゝひまをなみよこぎりかねて立つ媼かな

  鳴  和  滝

落人の心を汲まんほそぼそと今も流るゝたきの清水に

  外     交

松岡のおとゞは叫ぶ國と國まじはるすべも誠ひとつと

  商     家

なりはひのその手廣さも知られけり問屋格子のふときかまへに

  富  く  じ

大方の人をしぼりて得る幸にまなこくらめる浅ましの世や

  双     六

つまづかで上るはかたき世なりけりゆきつもどりつはた泊りつゝ

  名  所  家

滝を見ておりくる美濃の山蔭や軒に清水の湧ける家あり

  酒     造

百日の冬を終へたる酒ぐらにかをり高くも並ぶ大桶

  関門隧道開通

いけにへとなりし御魂もうかぶらん今日ひらかれし海のかな路に

  哀

朝な朝な汝(な)が來る軒に撒き居りし米のとだえて雀嘆かむ

  孤 島 残 月

もゝしきや古き昔をしのぶにも佐渡はかなしも有明の月

  婦人代議士に

女たち云はむとすなる言挙を君にゆだねて心休めむ

  老     人

さまざまのうき瀬しのぎて年波を身にかづきたる媼ならまし

  枡に盛りたるしゞみの絵に

市人のゆふげにのぼるうき身とも知らで潟瀬のゆめを追ふらし

  平     民

誇るべき遠つ御祖の氏姓(うじかばね)持たざる人も君がみたから

  廃娼論に礼讃す

おく露も清くなるらむ女郎花土に汚れし枝を拂はゞ

  ダ ン ス ホ ー ル

あら磯の岩のこころも動くらむを波め波のをどる春の夜

  外人観光團続々來朝す

招かねど人ぞよりくる日の本の櫻山水外になければ

  夜  来  客

をりよくも友は來ませりつごもりの夜そば分ちてしばし語らむ

  新 婚 旅 行

ふるさとのみ墓詣でにいそぐらん花の妹背のつゝましげなる

  蒔かぬ種は生えぬ

世の人にかけし情のなければやいまだ我が身にかへる幸なし

  下手の長談議

またしても話は横にそれゆきぬ人のあくびの目に入らぬらし

  馬を洗ふかた

飼主にねぎらはれつゝ夕川にはぎを清めてやすげなるかな

  泣き面に蜂

小車も雪にとだえし此のあしたわが履物のはな緒切れたり

  勧業債券

田も畑もうるほへよとて四方山にあまる黄金の流あつむる

  謡     曲

片なりに熊野の一ふしうたふべくなりしも嬉し加賀に住ひて

  捨     子

すてられし子は眠れどもなかなかに親は涙をのみて泣くらん

  井波町へ大火慰問

吹きおろす八乙女山の秋風になくは焼野の虫ばかりかは

  長     唄

連獅子のうた面目し牡丹より名取のこゑのうるはしくして

  痩

石まろのすゑかや我れは夏毎にむなぎ食むこと忘れざれども

  波光航路遠

我が船路いつか果つべき五百重波とほく光りて今日も暮れたり

  孤 村 寒 月

大字(あざ)も小字もあらぬ山の村暮れて霜夜の月のみぞ照る

  乳

里親の乳やよろしき八瀨人に預けしちごは肥え太りたり

  歳  暮  鶴

                                     あしたづはくれゆく年も知らざらむ翅ゆたかに舞ひて遊べる

  辰

冨士のねを雲に乘りても打ちこえむ龍の息吹か嵐吹きまく

  冬  人  事

大根ひき麦の芽ふみて霜さゆる冬もいとなき小田のさと人

  款     乃

水よりもさきに流れてふなうたのこゑをのせくる利根の夕風

(注)歌題の「款乃」(かんだい)は「欸乃」(あいだい)が正しいとする説もある。

  冬  神  祇

ひろ前に湯立の釜はならべども吹く風寒し冬の神垣

  出     藍

学びやの名をさへやがてあげにけり師より勝れて世にいでし子は

  市     隱

へだて垣ゆはねど我れの住む庵はおのづからなる市のかくれ家

  漁  村  曙(七首)

あけぼのゝ磯に待つなり沖遠く出でし夜釣の舟のかへりを

しのゝめの沖にいでゆく海人ならむほしたる網を舟に運ぶは

藻汐草かき集めても焚火せり夜明寒けきあまの家むら

貝がらのまじるすな地を素足にてゆきかふ海人をあけぼのに見る

釣舟に投網をのせてあけぼのゝ河北にいづる内灘の海人

とく起きて鳳至の海人はいそしめり輪島が崎の灯影しらめば

汐たれし衣つくろふひまもなくあさまだきより海女は貝採る

  雪  中  鳥

おく山の檜原のみゆきうちはぶきうちはぶきつゝ荒鷲の飛ぶ

  書     道

此の道を極めし人のかきつらん流るゝ水に似たる葦手は

  蜃  気  楼

いづこよりあらはれいでし影ならん魚津の沖のまぼろしの城

  古  戦  場

かちどきをあげし昔のしら旗をすすきにしのぶ倶利伽羅の山

  未  見  恋

おもかげも知らぬ身にして此の日頃なにそは人のまぼろしに立つ

  檜 垣 の 媼

いかでかは思ひ忘れん白川の底の水ひる時しなければ

  古     城

しろの垣みなくづれけり一の丸二の丸あたりすこし残して

  ゐ ど が へ

初秋の七日祝はむ星のかげうつる平井の底も清めて

  寒     月

いとゞしく我が影やせて見ゆるかな霜夜の月を道づれにして

  日     本

東海の空をしづむる冨士の嶺と菊と桜のうつくしき國

  電     話

はりがねの糸をやつなぎたがへこむよその話のこゑのきこゆる

  放  送  局

世の文化すべてこゝより流れ出づ空の電波をなかだちとして



彩  花  集

                                故  東  與 三 郎

駒ケ岳木はなけれども大沼の湖に向ひて青を忘れず

しづかにも昆布を干せり北の海盛りの漁期を過ぎし浜辺に

ひろびろとつづく石狩十勝野に咲くはマタヽビ眞白なる花

                                故  北 中  経 子

峠茶屋たち去りかねてきゝほれぬ秋の山路の鳥のこゑこゑ

小鼓の音色もさえて花のもとおぼろ月夜のうたげ樂しも

天の川仰げば光る星を見つ恋のかけ橋今渡るらし

                                故  駒 井  依 子

分け入りし吾子や迷はむ彼の山の雲晴れよかしとく晴れよかし

葉かくれに夏のかをりと味はひを秘めてみのれる蔓胡瓜かな

いさゝかの濁りも見せず秋の水さゞれの上を白く走りて

                                故  日 下 部 壽貞子

祖師堂のあさのつとめにおくれじと鶯ぞ鳴く山寺の庭

ひでりにて涙も涸れし田人らをよみがへらせて夕立の降る

汐あむる子らを見守る親ならむ磯山松のかげに立てるは

                                故  井 上 たけい子

妻子らを養ふ力なき人も香にさそはるゝ町の居酒屋

さゝの葉のつゆは汲まねど咲きつゞく花に醉ひたり賤機の岡(さくら)

買物にゆきかへりして今朝あひし人に又あふとしのくれかな

                                故  石 橋  延 子

虫干や醍醐の花見思はする御所時小袖部屋にかけたり

朝餉たく手をばとゞめて呼び込みぬ揃菜ひさぐ里の少女を

花うりの媼來れり今朝もまた菊を集めし手籠抱きて

                                故  白  山   伸

ゆく秋の夜寒に遠き吾子を思ふ冬のまうけのいかゞあらむと

足らぬをば常と思への言の葉を今日此の頃ぞしみしみときく

蒼空をあこかれて來し雪國の我れを濡らせる京の雨かな

                                故  村 山  美 枝

そのかみの人見まほしく思ふかな石山寺に月明き宵

あたゝかき炭火にかざす我が双手あれし今朝はも心わびしき

人の世のつよき嵐も子故には堪へぬく母の力たふとし

                                三 浦  彦 三

荒海に入るべき川の水音も静けかりけり春のうらゝ日

炭を燒く翁に山の道問ひて林に入れば鶯の鳴く

供米を運ぶ山路の馬の背に昔ながらの鈴の音きく

                                三 谷 復 二 郎

おく山の鳥は佛の御名を呼びくちたる寺に彼岸花咲く

一里塚つかれ休めて笠とれば希望の高嶺はるかにぞ見ゆ(終戰後一週年に)

ほがらなる玉の御声を目なし鳥我れも間近にきくぞ嬉しき(行幸列立拜謁の光栄に浴して)

                                長 原 茂 次 郎

矢さけびの声にはあらで敦賀の海かもめが崎の潮の音(城址感懐)

よべ焚きし庭火のけふり鉾杉にのこりて明くる神のひろ前(社頭曉)

渡鳥むらがりてゆく野の末に雪をいたゞく山なみの見ゆ

                                能 門  政 義

かしはでの音すがすがしみあかしの光もしらむ朝の神垣(社頭朝)

晩酌に好みの鮎の塩焼を添へて端居をする翁かな

せきとめむてだてもがもな日にまして物の價のかさむ流れを(をりにふれて)

                                徳 野 喜 作

岡の上の黍の穂動く影見えてまとかにすめる夜半の月かな

柚人の家をめぐれる林よりしきりにきこゆ啄木のこゑ

日高見の國をひらきし遠つ祖に我れ劣らじとはげむ業かな

                                堀 場 喜 太 郎

春たつや潮干の朝の岩海苔をはぎもあらはにあさる浦人(早春海)

はな咲かば知らせむといふ友がりにゆかむ吉野の旅をこそ待て

秋晴に鈴鳴らしつゝ我が庭の仔猫は蝶を追ひてたはむる

                                谷 口  源 平

わが庭の数奇屋もなかばかくれけり樹々の若葉のしげるこのごろ

虫ぼしを見むとてくればかしましくせみなきたつる山寺の杜

板ぶきのあまが軒端のほし網に煙なびきて暮るゝ磯むら

                                浜 木  三 吉

ほしあみの澁のにほひもたゞよひて磯の夕ぐれ月おぼろなり

さらでだに凉しき池の噴き水に玉とみだれて飛ぶほたるかな

山を縫ひて走る夜汽車ぞおもしろき右に左に月をめでつゝ

                                中 江  為 之

はる寒き枕にひゞく潮さゐに夢やぶらるゝ能登の外浦

とゞけ來し餅の使が雪を拂ひことづて述ぶる年のくれかな

露路笠のつゆをはらひてにじり入る茶室に白し山百合の花(茶 会)

                                桐 田  良 吉

晴れ渡る秋の夜空に月照りてふなうたきこゆ波の上より

名に高き大文字山の燈入れ式ふるき都の空をこがしぬ

棚飼ひのねずみの子らは乘り廻す車のわざを覚えそめけり

                                松 原  廣 吉

石臼のよせ燈籠もふさはしく菊咲きにけり秋の日の庭

込み汐に中洲の鶯の飛去りて浜萩そよぐあをの川口

闇の夜も北指す針をしるべにて波路をすゝむ船はまどはず

                                森   直  忠

立かへるとしの初日にてらされていよいよ清し雪の白山

なくむしも濡れてすだけり夕月夜庭の萩原つゆふかくして

葉がくれに咲けどもしるし葛の花ふく秋風にひるかへりつゝ

                                山 吹  彰 憲

乏しきはとぼしきまゝに堪へゆかむとしの始にかたく誓ひて(新年言志)

ひむかしに向ふ渚にたつ海女は寄る初潮に年いのるらむ

黑しほの南のうみゆわたるらん肌こゝちよき磯春風

                                柴   保  二

ひき上ぐる網におはれていかのむれ墨汁を吐く煙幕のごと

車座のひるげは樂し限りなき海幸祝ふ沖の舟にて

あたらしき鰤のさしみを今日も亦舟にてめづる奈古浦の海人

                                南   喜  作

石たゝきおりて筧の水浴むる庭の岩根に匂ふ白菊

奈呉の浦あみ引く海人のよび声もほのかなりけり有明の月

かしのみのひとたび立てし志果さゞらめや命すつとも

                                新 橋  芳 郷

吾妹子がもとも好める花ぞこれ笹りんどうを手折りてゆかな

かたくなのおのが心とはやりをの若き心と相ふれにけり

たよるべき子にたより得ぬさびしさに世になき人をこもごもこふる

                                渡 辺 と よ 子

しらしらと尾花浪よる野の末にうす紫の遠山も見ゆ

冨士おろしさゆるあしたの駿河みち右に左に茶の花の咲く

たのしみのなき世と云はで日毎とるつとめを日々の樂しみにせむ

                                土 肥  孝 子

むしぼしの緋の裲襠にその昔召したる君の御姿思ふ(前田家御後室に)

袖ひくは古き友なり京の春祇園の花を見に來し我れの(花下会友)

道しるべ横文字に書くしるし木に鳥とまりて身じろぎもせず(途上にて)

                                岸   馨  子

秋の田とよむより早くあざやかに守るたり穂を刈りとられけり(かるた)

船の夢さめて仰げば空の果て海の果てより朝日昇りぬ

ませ垣に小菊を手折る袖ふれてぬかごこぼれぬ秋深みかも

                                吉 田  竹 生

五松橋絃月かゝる夕ぐれの青葉の岸につなぐ柴舟

くたびれし衣のぬひめ糸くちてつゞるあとより又もほころぶ

るす勝のあるじの部屋のたばこぼん蚊遣ふすぶる宵もありけり

                                田 中  初 枝

吉野谷九十九谷を染め上げし紅葉ぞ加賀の秋の花なる

父祖よりのならはしなれど潔くやめてつましき我がくらしかな

亡き母の移り香なほも残るかな濃き紫の帛紗ひらけば

                                武 藤 か き は

にほ鳥が浮きつ沈みつ遊ぶなる池の片岸まこも花咲く

いづくまで我れを追ふらん梅林とほりすぎても風のかをれる

おのものもさしたる傘をたゝみけり行幸の道に雨は降れども

                                北 村  文 子

黒百合の咲く白山にのぼり見ん安宅の関は波にまかせて(海と山といづれがよきか)

城あとの老木ゆすりし風なぎていしずゑ白う雪ぞつもれる

思はずも足とゞめけり亡き母の姿に似たる人の影見て

  伊 豆 の 旅                     板 垣  春 子

君は馬に我れはろばにとうち乘りてのぼれば何か物語めく

襦子衿の仮半纏に我も亦島のアンコに似たるうつしゑ

硫黄の香けむるを山にむせびつゝ岩石の道たどるあやふさ

                                川 島 美 佐 子

紫を著る日の帯にほしと思ふ今宵の銀河うつくしくして

身にせまる山の靈氣に生も死もあるがまゝにと任せ果てにき(奥日光)

男体を背に白嶺を前にしてあやめむれ咲く高原に立つ(戦場が原)

                                並 太  嘉 子

南禪寺若葉濡らして降る雨に我が傘さへも染むかとぞ思ふ

我れになほかゝる血汐のめぐるやと灯にすかし見る指のくれなゐ

初春の映画に二人ほのめきて夜の公園ぬけてかへりぬ

                                多 田  順 子

青丹より奈良をはじめに古きあと訪ひて東和の嵐をつゞくる(大和めぐり)

鳴る鐘のひとつひとつに明けゆきて吹く風清し大寺の庭

國のためさゝげし吾子を思ひつゝ今日のみゆきを泣きてをろがむ(北陸行幸を仰ぎて)

                                岡  田   初

今江潟岸の尾花に照る月を夜釣の舟に眺めあかすも

雪ふかき國にはあれどまごどゝろの花さくかげに憩ひ給へや(疎開の人に)

青雲に春の光のひろごりて日ましにぬるむ野辺の用水

  筑 紫 の 旅                     北 中 希 代 子

たけ高く椰子の樹しげる青島の磯の白波清き朝かな

みんなみの海風そよぎ夏蜜柑みのる畠のつゞく筑紫路

丹つゝじと雜木林をながめつゝ馬にゆられてのぼる雲仙

                                近 江 ま さ 子

ますらをが月にうたひし唐うたを誇りとすなり能登の城山

神垣の内外に仰ぐ梅の花千代経て後ぞいよゝ薫れる(菅 公)

うれしくものほりきにけり白山のむなつきかくす雲をふみつゝ

                                市 川  栄 子

香に醉ひてむすぶ胡蝶のうまし夢さまさでおかん牡丹咲く庭

天地のいづれより立つ春ならむ空はかすめり水はぬるめり

加賀縫ひの糸あざやかに宝船祝ひのせたる排の帛紗かな

                                渡 辺 初 雄 子

庭下駄のあと面目し数寄屋まで通ふこみちの淡雪の上

此の道にこの君ありと敬へる宗家が賜ふお濃茶の味

松風と庭の水音耳にして主客一如の茶味ぞたゞよふ

                                塩 井  政 子

わたつみの底もかくやと思ひけり色あげしたる青き麻蚊帳

こつこつと何をか築く我が業はあまりに小さしあまりに弱し

人の世の掟と知りてともかくもさだめの坂をのぼりゆく我れ

                                高 柳  逸 美

朝毎に見れどもあかず樹のよはひ三百年の河原田の花

河原田の春の光と朝日かげうけて匂へる我が大ざくら

もえいでし野草山草はぐゝみて風やはらかき春の天地

                                山 本  美 津

うつし世の嵐に堪へて我が仰ぐ希望の岡はなほも高かり

天地の動きは人に見わかねど白みゆくなり東雲の空

我れをうつ強きものある師の君のその御教にふるひたゞばや

                                大 坪 外 與 子

國の為貢ぐは民のつとめぞとおくるゝ人のあらぬ我が里(納 税)

朝の霧晴れゆく千路の水田越えて一羽の朱鳥(とき)の渡り來しかな

せまけれどこゝを我が世と島人ら花のむしろにうたひさゝめく

                                武 岡 美 代 子

もとめ得ず到り得ずして今日もゆくさすらひの旅人の世の旅

言の葉の花咲く園に入りつゝもなほざり故に摘みえず我れは

木蓮もうつるあしたの手鏡につくづく見入る頬のおとろへ

                                矢  橋    光

一日一日水を求めて引揚げの旅に子持の濯ぎ苦しも

ともどもに母國へ急ぐ此の旅になど道かへて吾子は逝きにし

泣きくづれ貨車の動きに任せけり身ぬち冷えゆく吾子を抱きて

                                星 野 冨 美 子

これのみは我が宿命とあきらめてありつゝも亦歎かれぞする

慕ひ訪ふ師のおんもとに歌ふ日ぞ我れには春よ慰めの道

正しきを求めてゆけどうつし世の人の心のはかり知れなく

                                吉 野 美 枝 子

湯をさせば揉み葉ひろごる新このめいとも嬉しきその薰りかな(茶)

十日ほど別れて住みしいとし子の爪ののびしにふと胸せまる

雪の夜を往診にゆく我が夫のうしろ姿のたふとくもあるか

                                小  路   静

國道のみどり昔にかへれかし伐られし松の補ひをして(緑化運動)

たはむれに粉石鹼の泡たてゝ吹けば光れり七色の玉

つみとりて捨てしは誰れぞ塵塚にまみれて咲けり朝顔の花

                                松 岡  道 代

丘にたち國見をすれば絵の如し畑にいそしむ春の里人

秋の日を紅葉にうたひ言靈(ことたま)のさきはふ道に進む嬉しさ

松風のおとのみを聽く山に來てそのしづけさに暫しひたらむ

                                斉 川 つ や 子

君にあふよろこび持ちて我が心はげしく燃えぬ此のにひどしに

わがそばに君は來ませり彈初の晴の姿をうつさばやとて

すべてみな捨てゝゆかまし世の人の言の葉などにとらはれるなく

                                小 山 滿 智 子

河鹿鳴く山のいでゆに一日ゆきて心洗はむ耳も洗はむ

手障りのかたきに見ればポケットに小石入れてあり兄の洗ひ衣

如何にして今年の田植なすやらん町より村へ嫁ぎてし友

                                氏 家  文 子

霜の朝指あたゝむる厨女の吐く息しろくかすかなるかな

ゆき解けの屋根に見いでし片方の靴下いつの風に散れけむ

しだり尾の列に加はりさえ返る巷に旧き紙幣と別るゝ

                                鈴 木 倭 文 子

相共にこゝろのふすまとりはづし住むこそよけれ家のなき世は(住宅難)

家人の心のねぢやゆるむらん時計の針もおくれがちなる

神そのゝ藤のさかりは渡殿の下ゆく水もむらさきにして

                                中 手  幾 代

十年あまり夫なき後は絶えてけり芝居見むなど思ふ心も

立春の朝のおとづれあづまなる吾子のたよりとひよどりの声

廣重の海の青よりなはあをき生きのいのちを朝あけに思ふ

                                吉 岡  勝 恵

夢殿に太子の昔しのばるゝ此の斑鳩の御寺たふとし(法隆寺)

子の為に狂へる人のそのしぐさまこと迫りて涙こぼるゝ(能樂、隅田川)

心して根をな枯らしそ母子草咲きいでし花は風に散れども(ひとり子を失ひし人に)

                                眞 田  さ だ

二十年を見ざりし友と手をとりて桜のかげに遊ぶ春かな

青き芽は日に日にのびぬ世の人が踏みも見ざりし川の中洲に(穴閑地利用)

かなでます島の女神の四つの緒にむたりの神の心和まむ(福 神)

                                泉       順

秋日和馬蹄のおともかつかつとマーチョに乘りて旅順のまちゆく

ひたぶるに御祖の國にかへらむとあはれ人々けふもさすらふ

税関のきびしき掟知らずして失ひしもの恨めしと思ふ

                                野 村 は つ 枝

おもひ人思はれ人の住居かやひねもす笑ふこゑの絶えざる

曉の床にみだるゝ黒髪のみだれ心をいかにしてまし

きて見れば流れも空もすみわたり月ぞいざよふ秋の大利根

                                藤 本 く に 子

ひゝなの日冬の名残か若草の上にちりては消ゆる淡雪

みどり子にほゝずりすれば感触のほのぼのとして紅匂ふ

さゞ波のゆりかごの上に紅貝が見たる夢かも我れのこしかた

                                加 藤  道 子

井戸屋形かたぶく迄に春の雪積りて寒し北國の家

浮舟のたよらむ櫂も波に消え廃帝の妃いたはしきかも

あさ明けの露しとゞなる夏草に素足を濡らす畑の畦道

                                神 頭  敬 子

片割の月を残して明けそめし野辺の萱原鶉なくなり

明日よりはのびむ日あしを柚子の香の高き湯ぶねにひたりておもふ

月雪も花も思はず糧にのみ追はれて年の暮れてゆく頃

                                村 田 あ や 子

子らがうたふしらべは常に泉たれ濁ることなく涸るゝことなく

臼摺りの音を遙に聞き流し休みの朝はいまだ臥し居り

つたの葉の散りしくあたり秋の絵をみづから描きて歩める我れは

                                能 沢  美 代

紅椿あかるく咲けど我が心春にはならで亡き人を思ふ

山の影うつせる水も月も澄み中禪寺湖の秋は更けゆく

美しき思出のみに生きゆかむ此の人の世の憂さは忘れて

                                土 橋  範 子

波はうなり嵐は叫ぶ荒海に雄々しくぞ立つ岬の火影

愛でし姉と共にありつるその頃を花器の青さび拭きてしのばむ

ゆめに見し故郷はいづこ燒跡にはらはら落つる熱き涙よ(復員者)

                                北 川 壽 々 子
  嚴上松(勅題入選)

栄えゆく春のみやまのいはの上におひそふ小松かずも知れず

                                中 村  玉 枝

八ケ月身重となりて病院に夫をみとりのあけくれにして

                                松 田  明 子

桃の花くれなゐ匂ふ雛の宵十二單衣のあやにうつくし

白酒を酌む手やふれし内裏なるひゝなの袖に桃の花ちる

橘にならぶ桜を雛壇にひきたゝしむる花の雪洞

                                江 戸  久 子

夜更けてもともし火めかし我が夫が短波研究餘念なき部屋

夏の宵明日の厨を思ふかな蚊やり焚きつゝひぢ枕して

更生を誓ひて出づる囚人は鉄の扉をかへりみてゆく

                                森 川 と し 子

身のつとめ今は果して塵塚のちりに埋るゝ古箒かな

雨戸さす手もをのゝきぬ神鳴りて篠つく雨と風吹きまくる

早がねを鳴らして人はさわぐなり濁りし水の土手をやぶるに

                                織 田  み を

木々の葉をちらしてことり飛びたちぬもずの一声高くひゞきて

うすかすみなびく山の端いろづきて今さし昇る月の影見ゆ

ふく風に袖はらはせてのぼりゆく山は青葉のいろにつゝまる(夢香山にあそびて)

                                新 保  千 代

しらべよきおしょろ高島誰が吹くぞ思ひ千々なる仲秋の夜に

山茶花の生垣ぬちに六段の音あり時雨るゝ泉野の路

ふるさとのゐろりのもとの朝がれひ燒味噌のあぢ忘れがたしや

                                鎌 田  加 代

斑鳩(いかるが)のみてらの壁画燒け果てぬ古代文化の光なりしを

インフレにかさむ家計簿わびつゝも主婦の務めと珠をはじきぬ

歯を抜かむ心定めて腰かけぬ白衣目にしむ霜月の朝

                                堀 内  孝 子

お茶室へおもむく長き廊の上に山の紅葉のはらはらと舞ふ(油木山の光覚寺にて)

わらはべの投げあへる珠ふと外れて夏草しげき中にころがる

若駒のあそぶ牧場に春の雨ふるとしもなく降るあしたかな

                                山 田 と み 子

春さむき日にかゞやけり西加賀の潟につゞける雪のやまやま

山あひの里に霧ふり人氣なき道ゆく馬子の鈴の音かなし

針を持つ手のかじかみも和らぎて外は音なく春の雨降る

                                清 水 外 志 子

天かける女神も來てやうたげせむ陽炎もゆる若草の野に

奥ふかく君がおもかげとぢこめむ心の鍵もさびつくまでに

運命に泣きくらしたるひとゝせを今ぞ送るか百八の鐘

                                山  田   順

やるせなき恋をなげきて佇みぬ露たわわなる秋萩のもと

心にもなく逆らひていねし夜の時計のきざみ霙降る音

まづしきも冨めるも同じ人の子よみどりの空にたかくうたはん

                                島 田 喜 代 子

そのかみのにほひ秘めたる金紋の襖に映ゆるゼラニュームかな(成巽閣にて)

                                林   滋  子

朝餉炊く煙うすれて秋の空いよいよ高く晴れ渡るかな

                                羅  千 代 子

うらゝなる春の光に裏畑のふきたちの葉の青くのびゆく

                                平 松  玉 江

おほらかに直く正しく進まむとねがふ我れなり道とほくとも

                                中  西   幸

川ぞひに千草乱れて虫の音の中を流るる水の静けさ



江戸さい子の君      迎 照 子

 さい子の君!江戸さんは稀に見る才徳兼乗備!!其一つだに稟けだかき人の身に………九十五歳と云ふ母君の長壽(勿論君その人もすぐれた女性に相違なきも)そのかげには洵に涙ぐましい神々しい!周囲の支持ー江戸さんの孝養があったからである。年をとると妙なもので、体重の減る時、腦量も減るとか、私ごときは、讀書力がへり自制カがよわり自己を改善することに鈍く、時折は四才五才の孫共と本気でものいひをする。後でかほがほてるが、いかにも子供らしくなりゆく。時代は新人を要請して居るのに……。
 江戸さんの母君も、米壽の時はまだしっかりした色紙をかいて居られたが、いつしか長町の川岸にもの洗ふ歌人を見る様になられ、有明の月を負うて、曉毎に、冬の寒空にも…さすがに昨夜は五度と、もらされたことがあるほど……九十歳の頃より、耳はもとよ目もかすみて、姉君と二人居られると、大きい方か、小さい方かといはれるほどに…しかし、お仕合な母君には、ほゝゑみの日が続いた。あるとしの明治節に國旗が見たいといはれた。江戸さんは、おやすい御用(実は此日は江戸さんは大きい歌会で……)とお髪をなで、衣紋を正し、負うてあの御門に立たれた。
  菊花節家に長壽の媼あり      拙作
 其頃の母君は、眞白の鬢髪いとよりもつやゝかに、童顔思邪なく、慈光あたりにかをる。まことに美哉、壽哉、緋も紫も綠も褐も皆似合ふ方で、大型の緋緞子の茵に屏風をうしろにして、それはそれは……。
 家にありたきもの立木と老人とつねつね私の父が申しましたが、全く江戸さんの家庭は老人の樂園で、ある時には姑さんとふたり賓の如く客の如き美しい場面を見せていただいたこともあり、舅御さんも撫論、さい子さんの御奉仕、その日誌には「うちの女神が女神が」と書いてあつたと云ふ。御両方共、八十歳に近い御高齢で昇天されてゐる。
 元来、江戸さんと云ふ方は、淑女型で、私が始めて御目にかゝつたのは大阪毎日の支局長(後に)をして居られた、多久和霞崖氏の御紹介で私が三十九才だつたから、江戸さんはお三十の筈、小柄で綺麗だから、二十三四と御見受した。赤い糸の入った、一寸幅のリボンを蝶形にして低く束ねたかみのうしろにあしらひ処女の様に輝いてしかも、和歌は既に二千首よんだといはれました
 一寸筆がそれますが、讀書は五百冊、和歌は一万首、習字は二万、桧は反故次第と聞いてゐたが、このお若さで、此歌数をきいた時、私は引き上げられた。そうして、よき尊き時が、どれ程か二人の上を流れた。或時、江戸さんが、形の悪い足袋をはいて居らるゝのに気がついて、其のいはれをおたづねすると、ハソカチのお古を改造しての手製と、お答なさる。私は学窓を出たのが明治三十一年、この頃は外債が一人宛、五十円と云ふ時故、裁縫科で足袋も股引も等々ならひ、事実足袋底なるものが店に讀ってあり、各自まめまめしく双子の着物に手製足袋!それがいつしか心まづおごりて、色紙短冊の御手習はするが、自分の教へ子の卒業証書に名前の書き入れが出來ぬ。そうした時故、私は心から頭が下り、それ以來こひ人以上になってしまひました。
 江戸さんがおよめさんを貰はれた時のことを一寸かきませう。暮の廿三日であった。御披露には渡辺さんも私もお招をうけ、新夫婦を旅に送り、お泊り客に御挨拶をして折詰を頂いて帰ったのがもう十時であった。翌朝は夥しい生菓子をおくばりになるので、御手傳に伺ふと、江戸さんの目がはれぼったい。何を泣かれたかときくと、いなとよ、本部の詠草が千首以上滞り居り、クリスマスまで故徹宵添削云々。小柄でよわよわしい外見に似ず、これです、私は亦感じ入つて小包を局へ持ってはしりました。本当に寒い日で今も忘れませぬ。
 人間、柩を覆うて名定る。未だ柩を覆はざるものを褒貶することはつゝしむべきである。しかし一つお釜のおまんまをいただき、まして五年十年と交きあへば、其人のやり口はスッカリわかり、江戸さんの此性向(教養か)女性美は還暦をこされた今日もすこしもかはりはない。
 さて此度、上山南洋氏より「その人となり」をといはれ、光栄此上なく、、感激が心の底から湧き、夫故、或は文に私がないと限りませぬ。讀者諸氏、計るさせませ、二人は管鮑貧時の交り、美しい友垣であるのであります。
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  さすらひの旅人ひとり涙して
    天の川見る 島 の 初 秋
 江戸さんは、御主人のことをあまりいはない方であるが、それでゐて此情熱!!!女性の最高貴なるものは其ハートであり、愛情であり、紅涙である。私は三度、江戸さんをたゝへて、拙き筆をを擱きます。



あ と が き

 永い間作歌生活をしてゐる私に、いまだ一本の歌集もないのは淋しいとて、北國毎日新聞社重役上山南洋氏が発起して今回此の集を刊行して下さいましたことは、洵にありがたく感謝に堪へません。私がはじめて上山氏にお目にかゝりましたのは、今から十数年前私が歌道講師を勤めて居りました懸立金澤第一高等女学校(現在の二水高校)でだ紀元節奉祝の歌会がありました節、上山氏は新聞記者として当日の模様を見に來て下さった時であります。
 又私のふるい親友迎照子女史(元泰宮御用係)、も其の後上山氏と交際がはじまりまして、それからの三人はいつも三つかなへのやうな間柄になってゐました。それで迎女史も私の歌集刊行には大賛成で話がたちどころに成立いたしましたのは会く望外なことで御座いましたが、肝心の私が平素歌はよみっぱなしで草稿のノートもろくに保存されてゐませんので、いざとなれば歌を揃へるのに困り、俄に過去の歌誌をひっぼり出すやら、あちらこちら知友のもとに散らばってゐる自分の歌をさがし集めたりして漸くよせまとめた原稿でありますので、年月の順序などもつけられず、洵に雑然とした整はぬものですが、どうぞとりとめもない老人の思出話をきくやうなおいたはりを以て御覚下さいませ。終りになって恐縮でございますが序文をいたゞきました武島先生をはじめ、先師大口鯛一先生の靈位、上山、迎の両氏、御後援下さいました北國毎日新聞社々長嵯峨保二氏、同重役山本清嗣氏、装幀をお願ひいたした玉井敬泉画伯、編纂の労をお執り下さいました園部六三郎氏、その他陰乍ら御援助をいたゞいた方々に厚く厚く拜謝の合掌を捧げるもので御座います。
  昭和二十四年十一月文化の日            江 戸 さ い 子



著 者 歌 歴

 明治十七年四月大阪府堺市に生る。堺女学校在学中、御歌所寄人大口
鯛二先生に和歌を学ぶ。明治四十二年二月結婚、金沢に來住後大口先生
に永別、爾後大日本歌道奬励会に入り武島羽衣先生の指導を受く。大正
七年奨励会の石川支部長となり、昭和十三年より同会の研究歌壇を担当
す。又その間縣立金沢第一高女をはじめ、北陸、金城、藤花各高女の歌
遭講師をつとむ。戰争中奬励会解散せしも、それに先だち彩雲会を組織
し、終戰後新日本歌道会の北陸支部を新設、彩雲会と両立して現在に到
る。
 なは昭和五年、同窓の先輩興謝野晶子夫人の北陸來遊を機とし、新詩
社同人となり、輿謝野氏永眠の後も明星派の歌誌「冬柏」の同人として
研究す。



刊 行 余 録

 江戸さんと私の年令には、親と子のひらきがある。この二人に更に年長の迎さんを加えた三人の交りがいつの頃か切り離されぬものとなった。
 私が東京から妻を迎えんとするとき、迎さんと江戸さんから、私達の婚約をたたえられた文と歌が、いまだ嫁がざる妻の許へ贈られて、その一家をこよなく喜ばせたものである。その時の文と歌を妻が持参し、私達の結婚記念の屏風に貼ったが、今ではずいぶん色あせたものとなった。昭和十六年の春であったから、あれからもう九年になる。
    ×
 昭和十一年だつたが、第一高女の紀元節歌会で初めて江戸さんにお会いしてから、今日までの回想をたぐると、さまざまな波紋が生起する。江戸さんの琴に合わせて朗詠したこともある。婦人のなかに交って、彩雲会の歌会にもいくたびか列席した。私が昭和十五年の秋、満州へ特派記者として従軍の際、送別の歌会もひらいていただいた。彩雲会の方々から、現地の私の手許へ数多い歌が届けられ、陣中の無聊を慰められたこともあった。その時、玉井敬泉画伯の「さくら」の色紙が添えられてあったことが、今も私の記憶に印象深く残されている。私か昭和十九年の春、應召して中國へ渡る時、玉井画伯から「虎」の色紙を頂戴したが、江戸さんの歌集が玉井画伯の裝幀になったことも、思えば一つのえにしではある。表紙絵には白山に咲くみやまりんどうをお願いした。
    ×
 江戸さんの夫君 静川先生は操孤会の大先輩として名が高い。同業の驥尾に付す私は、先生の生前、二、三度お目にかかり御教示をうけたことがある。
 夫君を浄土におくり、迎さんを北京に見送られた頃の江戸さんの姿は、さすがに寂光のなかにあつた。江戸さんの心境はその頃からいよいよ澄み切ったもののようである。
 北京へ去られる迎さんの姿を、金沢駅頭に見送つたときは、まさに永別の感に打たれた私であったが、計らずも應召中、北京で再会したときの喜びは大きかった。しかるうえに、現地で終戰むかえた私は、北京の迎さんを頼つて現地除隊し、帰國までの二カ月間、親身もおよばぬお世話になったことは、私の終生忘られぬことである。にもかかわらず再度故山の土を踏まれた迎さんに対し、御高恩の万分の一もお返し出來ないことを、まことに申しわけなく思っている。
    ×
 江戸さんと、迎さんと三人でお会いすると語らいがいつまでもつきない。まことに不思議な御縁だと思う。江戸さんのお宅で迎さんと歌集出版のお世話を約束して二年、私の身辺多忙に名を借つて今日まで出版を延引したことは、なんといっても相すまぬことであつた。いま編集の一切を終り、妻と共に肩のしこりをおろした喜びにはあるが、御期待に添えなかったことを悔んでいる。
 江戸さんの御希望により知友、門人の歌をとくに「彩花集」として収録した。
    ×
 本歌集出版にあたり御高配を賜った北國毎日新聞社長嵯峨保二氏、裝幀の御無理を願った玉井敬泉画伯、友人として印刷、製本に格別の便宜を供された竹田印刷社長今川悌四郎兄に深く感謝の意を表する次第である。
    ×
 本歌集を静州、江戸肇先生の靈前に捧ぐることを無上の喜びとする。

  昭和二十四年秋
                   北 國 毎 日 新 聞 社
                        上  山  南  洋


江戸紫 nihishiho@yahoo.co.jp
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